第2話
村田さんが去った後、僕は事件の調査を開始した。
まずはパソコンで今回の行方不明について検索してみる。
児童の連れ去りに関する注意喚起は行われているが、有益な情報は見当たらない。
インターネット経由で手がかりを見つけるのは難しそうだった。
(そうなると、やはり実地調査になりますかね。子供が人質になっていますから、いつも以上に慎重に動かなくては……)
顎を撫でつつ思案する僕は、ふと考えを中断した。
ソファに着物姿の男性が座っている。
外見年齢は五十代から六十代くらいで、瘤のように膨らんだ後頭部が特徴的だった。
彼はヒョンさんである。
僕の古い友人で、フリーの情報屋を営んでいる。
僕はパソコンの電源を落としてヒョンさんに話しかけた。
「気配を消すのが上手いですね。気付くのが遅れてしまいました」
「他の奴らに比べりゃ十分に早えよ。こっちのプライドを考えてくれってんだ」
「またまた。ヒョンさんが本気を出したら、僕では認識できませんよ」
「へへへ、そりゃそうだ」
ヒョンさんは得意げに笑った。
そしてソファで寝そべりながら話を振ってきた。
「んで、仕事はどうだ」
「今は児童連続失踪事件を調べています」
「相変わらずボランティアか?」
「ちゃんとお金は貰っていますよ」
「安すぎていつも赤字だろうが」
ヒョンさんは呆れたようにため息を吐く。
依頼料について、彼はいつも説教をしてくる。
別に僕は満足しているのだが、ヒョンさんによるとそれでは駄目らしい。
実力相応の報酬を求めるのがプロなのだそうだ。
もっとも、僕はプロになりたいわけではないので、彼の説教や指摘はいつも聞き流していた。
ヒョンさんはテーブルを指で叩いて僕に要求する
「茶をくれ。熱い緑茶と饅頭がいい」
「もみじ饅頭でいいですか?」
「構わんが……広島旅行でも行ってたのか」
「ええ、一つ前の依頼で。心霊スポットの解体を手伝ってきました」
ヒョンさんが上体を起こしてこちらを見る。
彼は意味深な目つきで確認してきた。
「……で、ホンモノだったか?」
「はい。悪質な方々がたくさん出迎えてくださりました。あれは解体されてしかるべきですね」
「ふはっはっは、お前さんに狙われるなんて、連中も不憫だなぁ」
楽しそうに笑うヒョンさんに、僕はお茶ともみじ饅頭を渡した。
ヒョンさんはさっそく美味しそうに食べ始める。
彼が一つ目のもみじ饅頭を食べ切ったところで、僕は本題を切り出した。
「ところでヒョンさん」
「何だ」
「今回の失踪事件について、有益な情報はありませんかね」
ヒョンさんがじっと僕を見つめてくる。
それからわざとらしく伸びをして言った。
「んー、あるにはあるがタダで渡すわけにはいかねえなぁ……?」
「ほう」
「誠意ってもんを見せてくれよ。そうすりゃ情報の一つや二つは提供してやる」
「なるほど、誠意ですか」
僕は戸棚から新たなもみじ饅頭をいくつか取り出し、それをヒョンさんの前に差し出した。
「こちらでどうでしょう」
「平よ。お前さん、俺を舐めているのか? これっぽっちじゃ足りんな」
「ではこちらも追加しましょう」
僕はさらにもみじ饅頭を持ってきた。
これにはヒョンさんも呆れた様子で文句を言う。
「おいおい、数を増やせばいいってもんじゃねえぞ」
「見た目は同じですが、中身が違います。追加分は抹茶味、カスタード味、チョコ味です」
「な……何……ッ!?」
驚いたヒョンさんがソファから転げ落ちそうになっていた。
彼は無類の甘党で、こういったバリエーションには弱いのはよく知っている。
僕はもみじ饅頭を前に涼しい笑みを浮かべてみせた。
「いかがでしょう。これだけお渡しすれば、報酬としては十分かと思いますが」
「ううむ……」
ヒョンさんは僕の顔ともみじ饅頭を交互に見て、腕組みをして唸る。
やがて膝を叩いて彼は決心した。
「よし、分かった! 俺がしっかり調べてやる! 三日もあれば必要な情報は集まるだろう」
「ありがとうございます。相変わらず仕事が早いですね」
「情報はすぴぃどが命だからなぁ」
渡したもみじ饅頭を懐に仕舞ったヒョンさんは、お茶を一気飲みして立ち上がった。
彼は滑らかな動きで事務所の出口へと向かう。
「そんじゃ、行ってくる」
「お願いします」
返事をした時には、ヒョンさんの姿は幻のように消えていた。
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