妖怪探偵は顔を求めている

結城からく

第1話

 事務所の扉がノックされた。

 僕は扉の向こうに立つ人物に声をかける。


「どうぞ」


 遠慮がちに入室してきたのは、二十代くらいの女性だった。

 薄手のジャージ姿で、どこか浮かない顔をしている。


「あの、すみません。依頼があって来たのですが」


「はいはい、何でしょうか」


 僕は朗らかに笑おうとして、失敗する。

 いつものことだった。

 あまり無理をすると、ずれてしまいそうだ。


 気を取り直して正面のソファに女性を促した。

 着席した女性は尋ねる。


「あなたが探偵さんですか」


「ええ、平(たいら)と申します。よろしくお願いします」


「村田です。すみません、名刺は持っていなくて……」


「大丈夫ですよ。お気になさらず」


 そう言って僕は名刺を渡す。

 受け取った村田さんは怪訝そうにこちらを一瞥した。


「八月にその格好は暑くないですか?」


 彼女が指摘したのは僕の服装である。

 ジーパンはともかく、分厚いコートと毛糸のセーターは真夏に着るものではないだろう。

 しかし、僕は平然と襟元を正す。


「平気ですよ。慣れれば意外と快適なんです」


「はぁ……」


 村田さんは納得していないようだ。

 構わず僕は話を進める。


「それで本日はどういったご依頼でしょうか」


「行方不明になった生徒を捜してほしいのです」


「人探しは得意分野ですよ。お任せください」


 僕は胸を叩いて宣言した。

 村田さんは少し安堵した顔で本題を切り出す。


「私は近所の小学校で教師をしています。捜してほしいのは受け持っているクラスの生徒です。実は二カ月ほど前から連続で生徒が行方不明になっているのです」


「なるほど。それはまた穏やかではありませんね。詳しい経緯を聞かせていただけますか」


 僕がそう言うと、村田さんは頷いた。

 彼女は鞄からファイルを取り出して僕に差し出す。

 そこには行方不明となった生徒の情報が記載されていた。


「警察でも調査していただいているのですが、今のところ進展はないようです。そこで待っているだけでは駄目だと思い、探偵事務所に依頼しようと考えた次第です」


「それはまた生徒想いの先生ですね」


「いえ、私にはこれくらいしかできませんから……」


 村田さんは陰りのある表情を見せる。

 生真面目で責任感の強い性格なのだろう。

 その分、背負い込みすぎる部分があるようだ。


 僕はファイルの内容を読み終えて机に置く。


「事情は分かりました。いなくなった生徒の皆さんは僕が探しましょう。お任せください、必ず見つけ出しますので」


「ありがとうございます」


 村田さんが丁寧に頭を下げる。

 それから思い出したように質問してきた。


「依頼料はおいくらですか? ホームページに記載がなかったので……」


「そうですね。前金として一万円でどうでしょう。成功したらさらに一万円を上乗せしてください。それ以上のお金は請求致しません」


「相場には詳しくないのですが、ちょっと安すぎるのではないですか」


「いえいえ、これで十分ですとも。僕としては日々の生活が出来ればそれで満足ですので。探偵業は金儲けのためにやっているわけではないのですよ」


 僕がにこやかに述べると、村田さんは申し訳なさそうにする。

 きっと善意で値引きしていると思ったに違いない。

 別にそういうわけではなかった。

 説明がそのまま僕の本音だ。

 伝えていない部分があるものの、それについては置いておく。

 彼女には関係のないことであった。


 依頼の話がまとまったところで、村田さんが神妙な面持ちになる。


「でも、まさか本当に子供が連続で行方不明になるとは思いませんでした。ただの迷信と思っていたのですが……」


「迷信? 何の話でしょう」


「ご存知ないですか。この地域にある神隠しの言い伝えです」


 そう前置きして村田さんが話してくれたのは、ある一つの怪談であった。


 日没後、ひと気のない場所には子供を攫う妖怪が出没するらしい。

 その名はカゲヌノ。

 影に紛れる布状の妖怪で、昔からこの地域で語り継がれているそうだ。

 江戸時代に連続で子供が行方不明になったことがあり、カゲヌノの発祥はそこからだと言われているという。

 実際に起きた事件なのか定かではないものの、遅くまで遊ぶ子供を注意するにはちょうどいい文句だろう。


「学校では今回の事件が妖怪の仕業だと話題になっています。お恥ずかしいことに、職員の間でも同様の話が広がっているのです」


「ふうむ。妖怪の仕業ですか」


「そんなことはありえないと分かっているのですけどね。一部の人がおもしろおかしく噂を流しているんですよ。本当に困ったものです……」


 村田さんが嘆息する。

 僕は心の中で微笑した。

 顎を撫でつつ、意味深に呟く。


「――妖怪は存在するかもしれませんよ」


「えっ」


 村田さんが戸惑いを見せる。

 僕は何も言わずに彼女の反応を流すと、手を打って話題を戻した。


「まあとにかく、今日から調査を進めていこうと思います。数日以内に経過報告ができると思いますので、その時はまたこちらにお越しいただけますかね」


「わ、分かりました。どうかよろしくお願いします」


「大丈夫ですよ。行方不明の生徒たちはきっと見つかるはずです」


 僕が優しく伝えると、村田さんは何度もお辞儀をしてから退室した。

 本当に生徒が心配なのだろう。

 独りになった僕は、その精一杯な姿を振り返る。


(良い先生ですねぇ……)


 ふと自分の頬に指を這わせる。

 顎との境目に隙間があった。


「おっと、いけない」


 境目をなぞるように押さえ付けて密着させる。

 それから僕は手鏡で確認して、笑おうとしてみる。

 鏡の中の顔は、不気味な無表情だった。

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