精霊の石


「君が出発の前に渡してくれた首飾り、これに守られたんだ」


ラウラは驚いた。

精霊の石が、そこまで特別な力を持っているなんて考えていなかった。


ただお守りにとフィデリオ様に渡しただけ。

まさか、魔女の呪いを防ぐなんて……。


「実は、こうして話している僕自身も、魔女に会った時には気づいていなかったんだけどね」


フィデリオは目を細め、首を少し傾げて微笑んだ。

久しぶりに見るその仕草に、ラウラの胸がぎゅっとなる。

こんな風に笑うフィデリオのことが好きだと、あらためて実感する。

しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。


「じゃあ、フィデリオ様はいつ気付いたんですか?」

「あの魔女を、地下牢に連れて行く途中だよ」

「?」


ラウラの驚いた表情を見て、フィデリオはうんうんと頷いた。


「魔女はこんなに小さくなってしまったから、僕の上着で包んで運んだんだ」


フィデリオは両手で丸を作りながら、子供の大きさを表現した。

上着に包まれた小さな魔女を、片手で抱えるように運んでいく姿が目に浮かぶ。


「そうしたらさ、この首飾りを指さして怒ったんだ、『こんなの持ってるって聞いてない! それ最悪っ!』ってね」


あの自信満々だったロクセラーナがそんなことを……。

もしかして、私の症状が軽かったのも、このイヤリングのおかげ?


「おかげで、地下牢に連れて行くまで、顔を隠して身を縮めていたよ」

「そんなことが……」

「うん。その後、牢に入れて鍵をかけたら癇癪を起してさ『こんな国くるんじゃなかった!』って」

「フィデリオ様は、あの魔女と面識はあったんですか?」

「ううん全然。だから名前を呼ばれた時はびっくりしたんだ」

「会ったことない……」


ラウラは混乱していた。

ロクセラーナはフィデリオの名を出してこの屋敷を訪ねてきた。

なのに、会ったことがないとはどういうことなんだろう。


フィデリオの手の上にある青紫色の石を、ラウラは見つめた。

それに気づいたフィデリオは、首飾りを指先で持ち、光に透かした。


「魔女が嫌がるなんて不思議な石だ。特別なものだと聞いていたから気になってたけど、すごい石だね」

「これは……私が生まれた時に貰ったものなんです」

「君の瞳と同じ色だよね、とても素敵な贈り物だ」

「……」


どうしよう、フィデリオ様に話してしまおうか……。


ラウラは迷っていた。

バルウィン家に来てからの三年間、誰にも過去を話していない。

突然現れた15歳の少女を、バルウィン家の人たちは何も聞かずに受け入れてくれた。

今でもその優しさに感謝している。


なにより、当主であるフィデリオは領地の人々から深く信頼され慕われている。

もちろんラウラもその一人だ。

最初は憧れに似た気持ちだったものが、三年の間にそれは特別な想いへと変化していた。

そして今、この人になら何を話しても大丈夫。ラウラはそう感じていた。


「あの……」

「ああごめんラウラ、勘違いしないで。何か聞こうとは思っていないよ。本当に君に助けられたとお礼を言いたかっただけなんだ」

「そんな、あの、その石は……精霊から贈られたものなんです」

「えっ? 精霊……」


驚くフィデリオに、ラウラは小さく頷いて話し始めた。

自分が生まれ育ったアダンクのこと。

精霊から祝福を受け、名前と共に腕輪を授かったこと。

そして、聖女を目指して過ごした五年間のことまで、いままで誰にも話さずにいた過去をすべて打ち明けた。

フィデリオは余計な言葉を挟むことなく、静かにラウラの言葉に耳を傾けていた。

話し終えたラウラがほうっと息を吐くと、フィデリオは優しく微笑んで口を開いた。


「ありがとう、そんな大切な話をしてくれて」

「私こそ急に話してしまって……でも、フィデリオ様には知っていてほしくて」

「実はずっと気になっていたんだ。生まれた時から持っていた石が、なぜイヤリングの形をしているのかってね。これは姿を変えて今の形になったんだね」

「はい。15歳の時にイヤリングになったんです。この国に来ることになった、きっかけのようなものです」

「じゃあ、そのタイミングで形を変えてくれたことに、僕は感謝しないといけないね」


フィデリオは嬉しそうに笑う。


私がここに来たことを、フィデリオ様は喜んでくれてるの?


自分のことを打ち明けられた解放感と、フィデリオの言葉に胸がいっぱいになる。

ラウラは初めて味わうその感覚に、足元が宙に浮いているような気持ちになっていた。


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