屋敷へ!


街を進み、いつもバルウィン家から薬草を卸している店に向かう。

店内に入ると新鮮な薬草や花が並んでいた。

色とりどりの花や葉が、午後の日差しにきらきらと輝き良い香りを放っている。


この葉の状態は間違いなく今日届いたものだわ。

薬師さん達、仕事してるの……?

ロクセラーナが何を考えているかやっぱりわからない。


ラウラは首を傾げながら、宿屋でメモしておいた薬草を購入する。

併設された小さな薬局では、体力回復のドロップも買っておいた。

ここで売られているものは、全てバルウィン家の紋章が入っている。

いつも見慣れた紋章に、ぎゅっと胸が痛む。

紋章に重なるように、ロクセラーナの美しく自信に満ちた笑顔を思い出す。


「……ハァ」


屋敷の皆があんな状態になったのだから、フィデリオ様が魔女と恋に落ちていても仕方がない。

嫌だけど……。

だってあの恋の歴史を見たらね、そうなってるんだろうなって思ってる。

嫌だけど……‼

それでもっ! 

鼻の下だけは伸ばさないでほしい‼


フィデリオの笑顔を思い出しながら、ラウラは薬草を抱えて宿への道を急いだ。


宿に戻り、さっそくブレスレット作りを始める。

いま屋敷に残っている女性は、ラウラとグレイス以外には、侍女長と洗濯係しかいない。

普段は賑やかな屋敷も、フィデリオ不在の為とても静かだ。

作るブレスレットも4つだけでいい。


机の上に広げた薬草を種類で分けていく。

茎の長い薬草を軸にして、くるりと輪を作って編み込んでいく。

編み終わった紐状のものに、排毒作用のあるエント草の細長い葉を合わせて格子にする。


編み終わったらこれを繋げてっと、意外と力がいる作業だわ。

夕方までに4つ作れるかな……。


そう思った途端、ラウラのお腹がぎゅううっと音を鳴らした。

時計を見ると13時半を過ぎている。


そういえば、朝から何も食べてなかった。


ラウラは一旦手を止め、買っておいたパンとチーズを頬張った。

普段なら、グレイスと一緒に昼食をとっている時間だ。

王宮にいた五年間、一人で食事をすることが当たり前だったのに今では寂しく感じる。


グレイス大丈夫かな……。


パンを口に運びながら、ラウラは窓の外を見た。

空は青く、バルウィン家を除けば何も変わらぬ日常が続いている。

あの魔女の存在に街の人は誰も気付いていない……。


駄目だわ、早く作らなきゃ!

ラウラは急いでパンを平らげ、机に向かった。


バルウィン家の裏門のそばには、古い水場があった。

誰も使わなくなった場所だが、野鳥たちが毎日集まってくる。

グレイスはそこを気に入り、仕事が終わると必ず水を入れ替えていた。

そのあと、裏門の鍵を確認してから自分の部屋へ戻る。

几帳面な性格のグレイスは、この日課を毎日欠かさず行っていた。


ロクセラーナが今、屋敷でどんなことをしているのか想像もつかない。

あの本に書かれていた「他に危害を加えない」という特徴を信じるしかない。

街の薬草店にも、ハーブは届けられていた。

だから、きっとグレイスも、仕事終わりに裏門へ来るはず!


ラウラはそう考え、その時刻に裏門で魔よけのブレスレットを渡そうと考えていた。


でも、グレイス以外の誰かに会ってしまったら、違う方法を考えなくてはいけない。

それがフィデリオ様だったら……。


薬草を編んでいたラウラの手が、ぴたりと止まる。


きっと私のイヤリングと、自分が身につけている首飾りが同じ宝石だと気付くはず。

そうなったら、つき返されてしまうのかもしれない。

ううん、すでに捨てられているかも……。


ラウラは、思わず右耳のイヤリングを握りしめた。


違う違う!

今はそんな想像に浸って落ち込んでいる場合じゃないわ!


ラウラは、頬と額をぐりぐりとほぐし、腕輪作りを再開した。

太陽が西に傾き、夕暮れの気配が漂い始めた頃、ようやく4つ目の腕輪が完成した。


「よくやった私! さあ行かなきゃ!」


ラウラは腕輪のひとつを手首に付け、紺色のケープを羽織った。

残りの三つは大切にポケットに入れる。

きっと上手くいくと自分に言い聞かせ、部屋を出た。


宿を出ると、街はもう夕暮れの空気に包まれていた。

ケープの裾が風に流され、腕輪が手首で小さく揺れる。

ラウラはフードを深く被りなおし、屋敷の裏門へと足を早めた。

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