街の様子
階下の柱時計が、時間を告げる音で目が覚めた。
カーテンの隙間から漏れる光が、部屋の中を白く照らしている。
慌てて身を起こし、ラウラは部屋の時計を確認した。
「やだ、もう12時!」
昨夜は眠れず、早起きしたせいでうたた寝をしてしまった。
喉の奥が少しだけ気持ち悪い。
ロクセラーナが放った甘美な香りが、まだどこかから香ってくるような気がする。
そしてここは自分の部屋ではなく、宿屋のベッドの上。
やはり、今朝起こった最悪な出来事は現実だ。
「はぁ……」
完全に魅了された薬師たちの姿を思い出し、ラウラはため息を吐く。
皆、私のことなんて見ていなかったな。
グレイスは、エルノさんがあんな状態になってるのを見ちゃったよね……大丈夫かな。
もうお昼を過ぎてるってことは、フィデリオ様は屋敷に戻ってきてるかもしれない。
そして、今頃
「ん゛ん゛―――」
ラウラは大きく頭を振り、思い浮かんだ想像を振り払った。
フィデリオがロクセラーナを見つめる姿を考えたただけで、胸が苦しくなる。
ベッドから立ちあがったラウラは、鏡の前で寝癖で乱れた髪と服装を整えた。
少し腫れぼったくなった目の周りをぎゅっと押し、右耳にイヤリングをつける。
昨日まで、バルウィン家で幸せに暮らしていた。
15歳で聖女になれなかった時の辛い記憶と、ただ沈んでいくような悲しさもいつの間にか消えていた。
毎日薬草に触れ、大切な友達も出来て充実した日々を送っていた。
この土地に来て、フィデリオ様との出会いは私の人生を変えるものだった。
初めは感謝の気持ちだけだったのに、いまではそれが好きという感情になってしまった。
その思いは年々大きくなる一方だったけど、それも含めて幸せな毎日だった。
そんな私に今できること、それは、グレイスたちを助けること!
ラウラは、ロクセラーナの特異性について考えていた。
誰にも危害を加えていないというのは、結婚相手以外に興味がないからでは? と。
さっきだってそう。
私は追い出されたけど怪我はしていない。
魔女はからかってきたけど、それ以上の危害は加えられなかった。
めろめろになってる男の人達には悪いけど、あんな強烈な魅了、どうやって解いたらいいのかわからない。
この本に書いてある資料だけじゃ、ヒントもほぼないいようなもの。
魔女については、もっと調べる必要がある。
だけど、これ以上のことは何もわからないかもしれない。
もしわかったとしても、魔力が使えない私にとっては、どうしようもできない可能性が大きい。
それでも、このまま諦めるわけにはいかない!
フィデリオ様がロクセラーナの虜になっていても……バルウィン領が廃れてしまうなんて考えたくない!
だから、まずは、グレイス達をあの屋敷から連れ出す。
その後は、何年かけてでも、あの魅了を解く方法を探すつもり。
ラウラはもう一度、ランプロスから譲り受けた本を開いた。
中盤には魔除けのアクセサリーの作り方が詳しく書かれている。
この街の薬草店で手に入るハーブで、作れそうなものを探そう。
魅了は、感情を強く揺さぶる。
本当なら万能薬かドロップを飲むのがいいけど、その前にすぐ身につけられるものが必要だ。
ラウラはそう考え、必要な材料を書き留めて街に飛び出した。
昼下がりの街は普段と変わらず、活気に満ちていた。
市場から行き交う人々の声が聞こえ、通りには商人たちの威勢のよい掛け声が響く。
美味しそうな香りが漂い、あのむせ返るような匂いは全く感じられない。
薬草店に行く前に、ラウラは洋服屋に入った。
同じ格好では、屋敷に戻った時すぐに気付かれてしまう。
いくら危害を加えられなかったとはいえ、私はなぜか追い出されてしまった。
だから、しっかりと顔が隠れるものを探そう。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ」
「コートありますか?」
「はい、一番奥になります」
「ありがとう」
ラウラは早足でコートがかけられているラックに向かった。
赤やオレンジなどの華やかな色が並ぶ中、濃紺のケープが目に留まる。
手に取ると、黒いリボンと大きなフードがついていた。
これいいかも。
ラウラはケープを羽織ってフードを被り、鏡の前に立った。
襟はスタンドカラーになっていて、リボンを結ぶと自然と口元が隠れる。
フードはとても大きく、深く被らなくてもほとんど顔が見えない。
このケープ、可愛いし顔も隠れるから凄く良い!
でも、まるで私が魔女みたい。
そんなことを思いながら苦笑いをし、ラウラはお金を払って店を出た。
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