皆がいなくなっちゃった


屋敷内は静かだった。

フィデリオが一週間不在のため、使用人たちの半数に休暇が出されている。

ラウラは人気のない廊下を抜け、食糧庫の横にある自分の部屋へと急いだ。


部屋に入ってすぐ、クローゼットの前へ向かう。

今まで着ていた作業用のワンピースを素早く脱ぎ、新しい洋服に着替えた。

ラウラは脱いだばかりのワンピースを手に取り、部屋に飾ってあった魔よけのハーブと一緒に麻袋の中に入れた。


「んもーあの匂いが体中についてる、あの魔女いったい何なのよっ……でも、ロクセラーナって聞き覚えがある気が……」


ラウラは麻袋を部屋の隅にぽんっと放り投げ、鏡の前から香木で作られたブラシを手に取った。

編んでいた髪をふわりとほどき、歩きながら髪を梳く。

麦穂色の髪を頭の上でひとつにまとめると、作り付けの棚の前へしゃがみこんだ。

オーク材の木目が美しい棚の下段には、ずらりと薬草の本が並べられている。

ラウラは手前の本を何冊か抜きだし、奥に隠すように押し込まれている古い本を取り出した。


焦げ茶色の艶やかな革が張られている古めかしい本。

これは、ラウラが15歳になるまで師事していたランプロスからもらった貴重なものだ。

神話や言い伝え、近年までの魔法使いや魔女の歴史などが書かれている。

ラウラは愛おしそうに革張りの表紙を撫で、サイドテーブルの上に本を置いた。


その時、右耳のイヤリングが床に落ちた。

ラウラは慌ててイヤリングを拾い、ポケットに入れる。


「あのロクセラーナって魔女、フィデリオ様の名前を……」


ラウラの眉間にぎゅっと力が入る。

その時、部屋の扉を微かにノックする音が聞こえた。

息をひそめて扉に近づくと、再度、弱弱しい音が鳴った。

ラウラは、小さな声で扉の向こうに問いかけた。


「誰?」

「ラウラ? わたし……グレイス」

「グレイスなの?」

「……ええ」


扉の向こうから聞こえる声は、確かにグレイスの声だ。

だが、どうも様子がおかしく感じる。

もしかすると、ロクセラーナのせいで屋敷にも何か起こっているのかもしれない。

そう思ったラウラは、棚から万能薬の小瓶を取り出し、いそいで扉を開けた。


「あ……よかった」


そこに立っていたのは、間違いなくグレイスだった。

だが、熱に浮かされているかのように体が揺れ、頬が赤くなっている。


「どうしたのグレイス? 早く中に入って!」

「ううん……駄目、わたし変なの……自分でもおかしいと思ってるの。でも、足が勝手に……」


絞り出すように声を出していたグレイスは、突然ガクッと膝を崩した。

ラウラは慌ててその手を掴み、部屋に引き入れソファに座らせる。

のぼせたような顔で意識を朦朧とさせているグレイスの口に、ラウラは万能薬を含ませた。


「ひゃっ!」

「大丈夫グレイス?」

「……全身が急に冷えたわ、目の前がはっきり見える!」

「効いたのね、よかった」

「ありがとうラウラ!」


グレイスは座ったままラウラに抱き着いた。

その腕は、まだ僅かに震えている。

ラウラはグレイスの背中を優しく叩き、もう一度顔色を確認するために目を合わせた。


「ううんいいのよ。ところでどうしたの? もしかして……誰か来た?」

「え? 誰も来てないわよ。それどころか、皆が居なくなっちゃったのよ!」

「皆が?」


ラウラの問いかけに、グレイスは大きく頷いた。

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