薬草園


温室に向かう前に、ラウラは厨房に立ち寄った。

あきらかに例外に作ってくれたであろうパンプディング。

感謝の気持ちと、どれほど美味しかったかを料理長に伝えたかったのだ。


厨房に入ると、ラウラの何倍もありそうな体格の男が寸胴を火にかけていた。

腕は丸太のように太く、手に持っているスープレードルがとても小さく見える。


「失礼します!」

「おおっと、こんにちはお嬢さん」


ラウラの大きな声に振り返った男は、優しい笑顔を見せた。


「私ラウラ・ストラールと言います。パンプディングありがとうございました!」

「ああ、お嬢さんがお腹を空かせて倒れちゃった子か。俺はここで料理長をやっているネヴィルだ。よろしくラウラ」

「ネヴィルさん、よろしくお願いします。私、あんなに美味しいパンプディングを食べたのは初めてです、本当に最高でした」

「ハハハハそりゃあ嬉しい。昼食もお口に合うといいんだが」


ネヴィルは楽しそうに笑い、寸胴鍋をかき混ぜた。

鶏肉と野菜が溶け込んだ香りが、あたりにふわりと漂う。

ラウラは思わず両頬を押さえた。


「絶対にあいます!」

「ハハハハ、これからもよろしくな」


優しく応えるネヴィルに、ラウラは何度もお礼を言って厨房を後にした。

温室に向かいながら『空腹で倒れた』というのが、既に浸透していて苦笑いをしてしまう。

しかし、そのおかげで自然な会話が出来たのも事実だ。

これなら薬師さん達とも、同じ調子で話せそうな気がする。


裏庭を早足で進んでいくと、調合施設の入り口に人影が見えた。

金色の巻き毛と、すらりとした背丈——間違いなくリーアムさんだ。

両手に大きな籠を一つずつ抱え、どこかへ運ぼうとしているようだ。

ラウラは手を振りながら、大きな声で呼びかけた。


「リーアムさん!」

「ああ、もう大丈夫なのか……い!? あれっ?」


リーアムが目をまん丸にして、驚いた表情を浮かべている。

一瞬不思議に思ったラウラだったが、首元に触れる短い髪を感じ、さっき髪を切ったことを思い出した。


「はい大丈夫です。ご心配おかけしました」

「うん、よかった。お腹すいてるのに緊張したら仕方ないよ」

「驚かせちゃってごめんなさい」

「いやいや、それより……」

「へへへ、髪、切っちゃいました。ずっと切りたかったのを思い出して、つい」


髪に触れながら照れくさそうに話すラウラを見て、リーアムは大きく頷いた。


「急に髪を切りたくなるのわかる! 僕はいつもフィデリオ様が切ってくれるんだ」

「まあフィデリオ様が!」

「そう、兄さんと僕はこんな巻き毛だろ、伸びちゃうと大変なんだよ」

「とても似合ってます」

「ありがとう。フィデリオ様は優しくて何でもできるんだ」


リーアムはちょっと自慢気に、そして嬉しそうに微笑んだ。


「あっ、皆温室にいるけど、行く?」

「はい。籠一つ持ちます」

「ありがとう」 


ラウラは摘みたての薬草の香りが残る籠を受け取り、二人で温室へと向かった。

歩きながらリーアムが「今日の午前中は、収穫と種蒔きをしているんだよ」と教えてくれた。

薬師長が、今までに見たことがないくらいやる気になっているらしい。


「学者さん……あ、これはオリヴァー薬師長のあだ名なんだけど、土に関しては本当に学者級、いや天才的なんだ」

「へえ、そうなんですか」

「うん、薬師長のおかげで、ここの薬草が高品質になっているのは間違いないんだ」

「そういえば、昨日見せてもらった畑、とても綺麗でした」

「だろ? でも、今その畑の土を総入れ替えして植え替えしてるんだ」

「えっどうして?」

「だって、君の植えたあの薬草凄かったよ! 学者さんが朝からはりきっちゃって。なにか特別なことしたの?」


リーアムの問いかけに、ラウラは一瞬言葉を詰まらせた。

話すタイミングを待つ間もなく、リーアムがきっかけを作ってくれた。

これはチャンスだ‼


「いえ、なぜかわからないんですけど……昔からなんです」

「昔から?」


並んで歩いていたリーアムが、足を止めてラウラの顔を見た。

おかしなことを言っていると思っているのだろうか。

でもこれは本当の事だ。こればっかりは私だって知りたい……。


「はい。お家のお庭で育てているお花とか、野菜とか」

「へえ凄いじゃん! もしかして魔力持ち?」

「えっ」


ラウラは思わずリーアムの瞳を凝視した。

その表情に疑いの色はなく、純粋な好奇心だけなのがわかる。


「いえ……それが全然なんです」

「全然?」

「子供の頃調べてもらったけど、まったくでした……」

「そうなんだ。魔力ないのにあれって凄いじゃん!」

「えっ?」

「しかもポーション作りも凄かったよね、凄いじゃん!」


ラウラは不意を突かれたような気分になった。

魔力がないことを引け目に感じていたのに、リーアムは何も気にしていない。

それどころか褒められてしまった。

私、凄いの? 凄い? なんだか全身がむずむずとくすぐったい。

褒められるとこんな気持ちになるんだっけ。


「ありがとうございます!」


嬉しさのあまり、ラウラは自分でも驚くほど大きな声を出していた。


「こちらこそだよ、さあ皆が待ってるよ」

「はい!」


ラウラはさらに元気よく答え、リーアムと並んで歩き始めた。

目の前にはもう温室が見えている。

光を映すガラス扉の向こうから、エルノがひょこっと顔を覗かせた。


「聖女ちゃん!」


そう叫んだエルノは、まるで子供のように飛び出してきた。

ラウラが驚く間もなく、エルノは素早い動きで籠を受け取り、リーアムに手渡している。

そして、両手でラウラの手をぎゅっと掴むと、久しぶりの再会を喜ぶかのように上下にぶんぶんと振った。

続けて、そんなエルノと入れ替わるように、薬師長のオリヴァーがやってきた。

他の薬師たちも次々と現れ、なぜか一人一人とラウラは握手を交わすことになった。


いつの間にか薬師たちが輪を作り、ラウラはその中心に立っていた。

思いがけない歓迎に照れくさくなり、ぺこりと頭を下げる。

顔をあげると、笑顔の薬師たちが一斉にラウラに向かって手を差し出した。


「ようこそ、バルウィン薬草園アポセカリーへ!」

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