聖女ちゃん? 1
オリヴァーの言葉に、ラウラとグレイスは顔を見合わせた。
首を傾げる二人に「とにかく温室へ来てくれ!」と言いながら、オリヴァーはまっすぐに温室の方向へと駆けて行く。
一瞬、ラウラを引き留めるための嘘かと訝しんだグレイスだったが、オリヴァーはそういうタイプではないと思い直した。
駆けて行くその背中を二人で見つめていると、少し離れた場所から振り返ったオリヴァーが手招きをした。
「ラウラ、ちょっと行ってみようか」
「うん」
二人で大きく頷き、オリヴァーの後を追って温室へ向かった。
温室の前まで行くと、息を切らしたオリヴァーが水を飲んでいるところだった。
辺りには、籠を抱えた薬師たちがうろうろしている。
「何かあったの?」
グレイスが声をかけると、薬師たちの視線が一斉にラウラに向かった。
「え?」
困惑するラウラの前に、リーアムが飛び出してきた。
それに続くように、籠を持った薬師たちもぞろぞろと集まってくる。
「私……なにか?」
「なにかどころじゃないよ! ねえ、君が昨日植えた薬草見てっ!」
キョロキョロするラウラに、リーアムはキラキラした瞳で薬草畑を指さした。
その方向には、あきらかに一か所だけ薬草が生い茂っている場所があった。
「あっ!」
「どうしたの?」
思わず声をあげたラウラに、グレイスが驚いて訊ねる。
ラウラは何かを言いかけたが、そのままぎゅっと口を結んでしまった。
あれは、昨日私が苗を植えた場所だわ……。
フィデリオ様が提示した、回復薬を作るための実技試験。
この施設に案内された後、せっかくだからとオリヴァーさんの好意で畑から薬草を収穫させてもらった。
そのあと、少しだけ苗植えと水やりを手伝って……ああ、もうっ!
うっかりしてた、私ったらなんてことを……。
私には魔力がない。
それなのに、なぜか植物だけは異常に育つ。
聖女の勉強をしていた王宮でも、皆から褒められ、そのせいで期待されていた……。
「ラウラ? どうしたの?」
心配そうに顔を覗き込むグレイスに、ラウラは口角をあげてぎこちなく微笑みを返した。
自分でも上手く笑えていないことに気づき、不安顔のグレイスから目を逸らす。
逸らしたラウラの視線の先には、青々とした薬草が揺れていた。
ん? ちょっと待って……あれ育ちすぎじゃないの?
この国の気候のせいか、王宮にいた時よりも明らかに薬草の成長が早い!
たった一日なのに、もう収穫できる状態なのでは? ってくらい生い茂ってる!!
こんなのどう考えても変よね、ああ……。
ラウラは俯き、小さなため息をついた。
「どうしたの、ため息なんかついて? 君が植えた薬草と水やりをしてくれたとこ、凄いだろ?」
目の前にやってきたエルノが、薄緑の瞳をキラキラさせて無邪気に喜んでいる。
ラウラはどう答えていいかわからず、またぎこちない笑顔を浮かべた。
「植物が一気に育つなんて、子供の頃読んだ聖女の絵本でしか見たことないや。ねえ、どうやったの? もしかして聖女なの?」
エルノの口から出た『聖女』という言葉に、ラウラはどきりとした。
突然のことに狼狽えてしまい、うまく言葉が出てこない。
「『聖女』も『魔女』もおとぎ話だよ、ほんとエルノは子供だな」
前のめりになっているエルノの後ろから、薬草の束を持ったリーアムが顔を覗かせた。
エルノの巻き毛にルチニを一本差しこみ、からかうように笑っている。
「もーうるさいなー。リーアムだって一緒に絵本読んでただろ、好きだったじゃん」
「そうだけど、聖女なんて現実的じゃないよ」
「でもさーこんなこと奇跡みたいじゃん。昨日のポーションだってすごかっただろ、僕の腕も治ったしさ。聖女としか思えないよー」
目の前にいる巻き毛の兄弟の会話を聞きながら、ラウラは息が詰まりそうになっていた。
なんて説明すればいい? 偶然?
これから働くのに、それは通用しない。
だって、また薬草を植えたらわかってしまう。
でも私には魔力なんてないし、奇跡も起こせない。
聖女候補だったなんて知られたくない……。
不安定な笑顔のラウラの口元が、どんどん苦しそうな表情に変わっていく。
足元がふらつき、息苦しそうに胸を押えている。
「ラウラ、大丈夫?」
「……うん」
「どうしたんだい『聖女ちゃん』?」
「ラウラ? 聞こえる?」
「聖女ちゃん?」
「……」
「ラウラ!?」
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