第2話 ローバと銀河鉄道のうみ

 深夜の東京駅・十一番ホーム。


 東京駅には十一〜十三番までのホームは無い。しかし、十一番ホームで待つように言伝ことづてがあったのだ。


 東京駅構内のスクエアZEROの待ち合いで、文字盤の数字が0しか無い不思議な時計が零時になると、十一番ホームへ続く階段が現れるのだそうだ。

 とんだ眉唾な話ではあるが、モニカちゃんやミルクちゃんが目の前にいる以上、信用しないわけにもいかない。


「ユイネちゃん、本当にその階段とやらは現れるのかい?」

「わかんないよ。私だって初めてなんだから」

「まあ、カゴノっちがここで待てってんだから、待ってみようじゃねえの?」


 ゲンさんはああ言っちゃいるが、半信半疑なようで、不思議な時計を何度も見てはため息をついている。


 ──ボーン、ボーン、ボーン⋯⋯


 時計の針が真上に重なり、零時を知らせる音が低く鳴り響く。


「⋯⋯」

「どこかに階段出来た?」

「いんや?」

「ケルス?」


 ケルスがタタッと駆け出した。そしてすぐに「オン」と吠えるので見ると、ケルスの前、先ほどまでレンガ造りの壁だった場所に地下へとつづく階段が出来ている。

 もともとあったのか、そうでないのかは定かではない。


「え? 登り階段じゃないの?」

「あっ、ケルス! まつのでつ!」


 皆でケルスのあとを追いかけて、階段を降りてゆくと、新しくなった東京駅とは思えない、古い造りとなっている。フィラメントの照明が暗がりの階段をぼんやりと照らし出していて不気味だ。


 階段を降りると巨大な地下空洞が現れた。


 そこには古いレンガ造りのホームがあり、11番のホーム番号が振り分けられていた。


「ここかなあ?」


 ゲンさんの声が構内に響き渡る。

 シュー、と蒸気を吐き出す音がするので目をやると。、薄暗いホームの軌道の上に、黒光りした蒸気機関と思しき汽車が停まっていた。


「蒸気機関車!?」

「いや、こいつぁ──」

「「「──銀河鉄道!?」」」


 ゲンさんが言うには、ソレをなぞらえた機関車・C62形と言う列車らしく、とても重厚感があって気持ちが昂ってくるのが私にもわかる。しかし、51号機だと言って子供のようにはしゃいでいるのには如何ともしがたい。


 中に入るとさすがに固定式ではなく、リクライニング式の緑色のクロスシートが並んでいる。しかし、レトロな木目調で雰囲気たっぷりだ。我々しか乗っていないようで、とても静かだ。


──フォ──────ッ!!


 発車の汽笛が鳴り響く。


 シュウ、と蒸気が抜ける音がして、ガコン、車体が、引っ張られる。シュッ、シュッ、と蒸気の音とともに軌道の継ぎ目を踏むたび、ガタンゴトンと小気味良くリズムを刻んでゆく。


「つごいでつ!! こんなおおきなのりものはじめてなのでつ!!」

「お嬢、さすがに椅子に立つんは行儀悪いんちゃうか?」

「まあまあケルスさん、ほら、こうすれば⋯⋯」


 と言って、モニカちゃんの靴を脱がせてやる。ああ⋯⋯なんて可愛いあんよ!? 


「ローバたん、ありがとうなのでつ!」

「うんうん、揺れるから持っててあげるわねぇ」


 そして髪もサラサラ、車窓に映る笑顔がもう⋯⋯眩しいが過ぎる!!


「本日はご搭乗いただき、まことにありがとうございますにゃ。乗車券を拝見しますにゃ」


 ⋯⋯。


「乗車券と特急券をご用意くださいにゃ」


 いや、ここまで来たら大抵のことでは驚かないよ? でも、さすがにあれは⋯⋯。


「どわあああ!! 思ってた感じの車掌さんじゃなかったあああ!!」


 ネコだ。


 うん、完全にネコだ。ネコが服着て二足歩行とか、意味が解らないが、とにかく完全にネコであることは間違いない。敢えて付け加えるならば、太っているくらいだろうか。


 ユイネちゃんが人数分のチケットを車掌さんに見せて改札鋏でパンチを入れてもらっているが、なんて異様な光景なんだろう。


「明日の早朝には広島につくにゃ。良い旅をにゃ!」


 後ろ姿もシュールだ。かぎしっぽってのがマニアックさを感じるにゃ。


 何気に車窓の外を観た。


 この汽車は、東京の地下を走っていた⋯⋯はずだった。


「ここはどこ?」

「さすがにまだ東京湾に入ったところでしょう?」

「いや、そんな事を言ってるんじゃないんだけど?」

「うん、完全に海の中だねえ?」


 車窓から先の線路を見ると、ずっと海底を這って遠くまで続いているのが見える。


 汽車のヘッドライトと車窓から漏れる光で、海中が淡く照らされているが、あまり遠くまでは見えない。月明かりが透過して厳かな雰囲気が漂う海の中は、どこか不気味であり、どこか神秘的でもある。


 こんな夜中なのに回遊している魚もいれば、海底で動かずにじっとしている魚もいる。


──キュ────ン⋯⋯


「クジラの鳴き声だね? 近くにいるのだろうか?」


──キュイッ⋯⋯キュ─────ン⋯⋯


「あ、ほら! あっこ! みてくだたい!! おおきなおたかなたんなのでつ!!」


 月明かりの下、光のコースティクスに彩られたザトウクジラが影を落とす。からだをかたどるように光の筋が幾重にも降り注ぎ幻想的な光と影を演出している。


「おやおや、あれはザトウクジラだねぇ?」

「クジラたんでつか? とってもおおきいのでつ!」

「そう。そしてほら、あれはリュウグウノツカイだよ?」


 ローバが指差す方を観ると、キラキラとザトウクジラから漏れ落ちた光を反射させて、金属質な光を放つ一筋の長いリボンが観える。優雅に光のシャワーの中を浮遊しているリュウグウノツカイだ。

 

「つごいのでつ!! キラキラちているのでつ!!」


 モニカちゃんは見るもの全てが初めてなようで、ワクワクが止まらないようだ。いや、我々も例外ではなく、この非日常にして、非現実的な光景に胸を躍らせている。


「これも博士の技術なのかい?」

「たぶん?」


──バン!


「おや、姿を見ないと思っていたら何処へ行っていたんだい、ゲンさん?」

「みんな! 大変だ! こっちへ来てくれ!!」

「どうしたってんだいゲンさん? あたしゃすぐには動けないよ?」

「よし、ローバちゃん、お姫様だっこだぜ!」


 ひょいっと私を軽々と持ち上げるゲンさん。いやいやいやいや、待って!? 恥ずかしいから!! とは、言い出す前に後部車両へと運ばれてゆく。


「ほら! 観てくれよ! この車両、マシ35だぜ!?」

「え、肉マシマシってなんだい?」

「おう、それだ。要するに食堂車だよ」


 観ると先ほどまでの緑を基調としたシートではなく、赤いボックスシートで間にシックで趣きのあるテーブルを挟んである。窓際に蝋燭のランプがあって、外の景色を楽しみながら食事が出来るようだ。


「へえ、ほんとだ! ベルベット調のシート席でなんだか高級感あるね!?」

「見て、ローバちゃん。机にもみじが活けてあるよ?」

「おや、何か赤い⋯⋯花?」


 席にスッと影が差す。


「はい、広島の県花となっております『もみじの花』でございます。いらっしゃいませ」

「へえ? ⋯⋯えええええええ!?」


 声の主を見るとウェイトレス姿のネコが立っていた。


 さっきの車掌さんのようにデブっとはしてはいない、むしろシュッとしていて、雌?のネコなのだろうと言う雰囲気はある。だがネコだ。ネコなのだ。


「ご注文が決まる頃にまたお伺いします」

「あ、は、はい⋯⋯」


 ウェイトレスさんはお水とおしぼりをそれぞれ配り終えると、そう言って上品にお辞儀をした。後ろ姿もとても品があり、優雅に尻尾が揺れているが、かぎしっぽなのは共通のようだ。


「とは言え真夜中だから、軽いものがいいなぁ」

「俺はひと仕事したから何か入れたいなぁ」

「ローバたん、モニカはこれがたべたいでつ!!」


 指を差したメニューの写真を見ると、大きな苺の乗ったパフェをご所望のようだ。なんでも『安芸こまち』と言う苺をふんだんに使った生クリームたっぷりのパフェらしい。


「私はこれを⋯⋯」


 ユイネちゃんが選んだのは『ひとつぶの乙女の涙』と『ひとつぶのきんかん』『咲く咲くさくらえん』とか言う『共楽堂』と言うお店の商品を盛り合わせたものだ。


「あたしもそれにしようかね?」

「うんうん、ゲンさんは決まった?」

「むむむ⋯⋯これ、にしようかな??」


 見ると何かの具材の上にご飯が乗った『うずみ』と言う広島県でも福山市と言うところに伝わる郷土料理だった。


「また変わったものを⋯⋯」

「どんなものでも食べてみないとわかりませんよ?」

「そりゃそうだ!」


 と、さっきのおにゃんこウェイトレスを呼びつけて注文をした。


「かしこまりました」


 先に飲み物が運ばれてきた。私ははっさくサイダー、ユイネちゃんは大長レモネード、モニカちゃんは⋯⋯チー坊? そしてゲンさんは広島コーラで乾杯だ。


──乾杯!!


 私なんかの為にこうして集まってくれた皆に感謝し、少し目がショボショボして来たと言って目尻を拭いた。

 こんな楽しい食事の席はいつぶりだろう? ノコちゃんや博士、ぼっちちゃまも一緒に⋯⋯なんて考え方が贅沢になってくるのは烏滸がましいだろうか。


「ちょっとローバちゃん!!」

「えっ!? は、はいはい?」

「これっ!! めちゃくちゃ美味しいんだけど!! 早くローバちゃんも食べてみて!?」


 と、ユイネちゃんがえらく興奮気味だ。


 差し出された『ひとつぶの乙女の涙』を手に取る。単純にトマトの果肉を求肥で包んだもののようだが?


「っ!? おいしい⋯⋯本当にトマトと求肥だけなのかい? フルーツみたいにしっかりと甘いけど、ちゃんとトマトしているねぇ?」

「このきんかんも美味しい〜!!」


 ⋯⋯視線を感じる。


「⋯⋯ゲンさん、欲しかったら追加しようか?」

「⋯⋯お願いします」


 ちょうどウェイトレスさんがモニカちゃんのパフェを持って来た。


「日本トリムの電解水素水を使って育てた平均糖度16度を超える『安芸こまち』の赤苺パフェでございます。」

「ふわああああ♡」


 もう見た目だけで美味しいのがわかる。


「ふふふ。広島の本気をご堪能くださいませ?」


 何故かドヤ顔のおにゃんこウェイトレス。だが、その自信に偽りはないようだ。


「とってもおいちいのでつっっ♡♡♡」


 ただでさえ可愛いモニカちゃんがとろけそうな顔をして、落ちそうになっているほっぺたを両手で持ち上げている。


「ローバちゃんもたべまつか?」

「⋯⋯え? いいのかい?」

「はい、あ~んなのでつっ!」

「あ⋯⋯あ〜ん? あむ⋯⋯んんんんんん!?」

「おいちいでつか?」

「おいちいでつ♡」

「ローバちゃん?」

「わわわっ!? なんてこったい!?」


 と、私の語彙力が崩壊したところで、ゲンさんの怪しげな食べ物が運ばれてきた。


「こちらは『うずみ』と呼ばれる広島の郷土料理でございます。特選素材として美原の里芋、恋人参、文田しいたけ、高野大根、くれぇ海老、大野あさり、桜鯛、東広島こい地鶏を使っております。お米はもちろんあきろまんでございます。それぞれの食材をそれぞれ調理しており、そのままご飯とお召し上がりになっていただいても美味しいですが、お好きなタイミングでこちらのお出汁をかけて、出汁茶漬けのようにしてお楽しみください」


 ゲンさんが一口⋯⋯口にして、二口、三口、お箸が止まらなくなった。


「うんんんんんんまっ!! 素材そのものがめちゃくちゃ美味しい!! ずっと食べてられる!! いや、このまま食べるとお楽しみの出汁茶漬けが!? よし⋯⋯ここで」


 備え付けの出汁をそっと回しかけた。


「ずずっ⋯⋯んんんんんんん!? もうね? ずっとこれでも良い!! 凄い出汁!! この出汁だけでもご飯いけるけど、具材の旨さも飛び抜けてる!! 里芋はふかし、人参はソテー、しいたけは煮込み、大根はおろし、海老は天ぷら、貝は酒蒸し、鯛は唐揚げ、鳥は焼きとかどんだけ手間暇かけてるの!? でも凄いのは出汁。潮汁のようなこの旨味!! ご飯の上のもみ海苔と三つ葉の意味がよくわかる!!」

「聴いただけで美味しいのわかる!! わかるけど、なんだか聴いただけでお腹いっぱいになったわ!!」

「ふふん♪」


 おにゃんこウェイトレスのドヤ顔はどうよ!?


「ほわあ〜♪ あれはなんでつか?」

「敵影発見!! 各員、臨戦態勢に入れ! 繰り返す! 各員、戦闘態勢に入れ!!」

「ふぁっ!? てきたんでつかっ!?」

「お嬢っ!!」


 シュタッとモニカちゃんのそばにどこからともなく現れるケルス。なんとも頼もしい。


「あっ、ごめん⋯⋯冗談でつ。あれはアオリイカの群れだよ? 全然怖くないからね? ごめんね?」

「なんや、冗談かいな!? 紛らわしいやんか⋯⋯」

「モニカたん、ケルスたん、なんかすんません!!」

「ケルスたん、ゲンさんは厨二病だから⋯⋯許してあげて?」

「でもキレイでつ! キラキラちてて、つきとおっているのでつ!」


 アオリイカの体は半透明で、月の光を受けて青白く光を反射させている。それが群れをなして鉄道の上を横切ってゆくのだ。


「ほんと、綺麗⋯⋯」


 真っ暗だと思っていた夜の海は、とても幻想的でそれこそ宇宙のような神秘を感じる。全ての生きものはこの母なる海から生まれたと聴くが、こうして海につつまれているとそんな気もしてくるものだ。


 プランクトンのような小さな命もあれば、先ほどのザトウクジラのような大きないのちもある。その全てが循環していて、我々人間はその大きな循環の一部にすぎないのだ。


 この旅の先に何が待っているのかわからない。


 さっきまでの私は、家で燻っているだけのちっぽけでぷくぷく太ったよぼよぼの老婆ローバだった。


 たが、今の私には仲間がいる。素敵な仲間が私に新しい自分を教えてくれる。


 不安だった気持ちが、ドキドキやワクワクに満ちて期待に溢れている。


 怖くないわけではない。


 それでも私が前に足を踏み出せるのは、彼らが居るからだ。


 この銀河鉄道のレールの先は見えない。


 真っ暗闇だ。


 だが、そこにはきっと綺羅星輝く、美しい銀河の海が広がっているに違いないのだ。













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