さんぱち
碧ヰ 蒼(あおい)
前説:熱変性ユーモア
まだ春も始まったばかりだというのに、鬱陶しいほどに屋上を照り付ける太陽が黒髪に吸収されていき、熱を籠らせた頭が目の前で起きた状況を処理しようと、さらに熱を上げて思考回路を唸らせている。
そんな気難しい思考の渦中にいる青年、
そしてなにより、これ以上の特徴を持ちえない自分自身が、恥ずかしくてたまらないということを常日頃から痛み入るばかりだ。
四月の六日。入学初日だというのに、そんな平凡を自覚している俺は今、高校生活最大の節目に立っていた。
その理由となる目の前の少女は、やかましく光る眼光から無類の生命力を発散させて、煌めく白い歯をむき出しにし、唯一落ち着いた黒色のウルフカットをやかましく風に靡かせながら、彼女特有のやかましさに拍車をかけていた。
どうしてこの少女は、なんの変哲もない自分にここまで興味を持っているのか。いや、少しだけ、ほんの少しだけ、ありふれた世界に対して、万華鏡のごとく目が回るような色眼鏡を掛けているのは、気が滅入るほど重々に承知しているのだが、それ以外にさしたる志も、将来の夢も、これといった特技も、心躍る趣味だってなに一つも持っていない。
「ウチと、コンビ組まへんか!」
だというのに、なぜだろうか。なぜこの大阪訛りの少女は、凡人の先頭集団に居るような人間にお笑いコンビを組んでくれと、頭を下げてまで頼んできているのだろうか。それが不思議でならない。理解が不可能である。
「いや、普通にセンス無いって。俺じゃなくても他にたくさんいるだろ?」
「それはあかん。ウチのアレに反応したんはあんたが初めてや」
そう言われても困るのだ。お笑いはやるより見る方が好きだから。
それに、日常的にお笑いに触れているからこそ分かるのだ。芸人の高みへといくには、持って生まれた才能を血の滲むような鍛錬を
磨いた
「お生憎さま、俺は見る専なんだ。コンビを探すなら他を当たってほしい。それこそ全校生徒は一〇○○人以上もいるんだから、チャンスなんていくらでもあるんだし」
「ちゃうねん! ビビっと来たんや! あんたを逃したらあかん気がすんねん」
「俺みたいなのを捕まえたところでどうする気なんだよ」
目の前の少女は一瞬だけ、戸惑ったような、当然のことを聞かれて拍子抜けしたような表情を見せる。
が、それも束の間、やはり、当然の答えが返ってきた。
「一緒に漫才しよや」
そう言って笑った彼女がひどく輝いて見えたのは、きっと春の
どちらにせよ、この後に取る行動なんて一つしかないのだ。
思えばずっと日陰者の人生を歩んできた。小学生のころから他人に流され、いやもっと前からだったような気もするけど。いつから他人に合わせることを覚えたのか、中学生のころには立派な『村人A』に成り下がっていた。
そんな鬱屈した自分を変えたいのであれば、この提案を、太陽の光を丸ごと反射するかのような瞳に乗せられた期待を、
「わかった。それじゃあ俺は帰るよ。別の人探せよ~」
ただただ笑って、言葉を返した。たったそれだけをした。おそらく悪手なのだろう。不正解でもないのだろうけれど。
「そうだ、気を付けて帰れよー」
唖然と、もしくは呆然としているはずの彼女の様子が気になって、そんなことを言いながら振り返り表情を確認して、引き戸をくぐる。
これでいい。お笑いはやるより見るに限る。自分の中では完結した話だったから、他人にどうこう言われようが、その結論が変わることは無いのだ。
いま選択した自分の行動に後悔が無いと言ってしまったら、それは世界を覆し得るほどのウソになってしまう。しかし、なによりも自分で驚いたのが、今の自分に自分を変えようとする気力が感じられなかったことだ。
その事実が只々、自分のたくましいとも矮小ともつかないような、かと言って決して凡庸ではない胸中を締め付けていた。
ただ、少しだけ嬉しかったことがある。
屋上から出ていく直前、振り向きざまに確認した彼女の瞳が、
期待に満ちた瞳がそこに在っただけなのだ。
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