第2話 森の魔女2
「クレア!イビルモンキーの群れだ!クレアの魔力に反応して集まってきたみたいだ!」
「こっちはもうちょっとかかるかも……それまでお願い!」
次々と集まりだすイビルモンキー達。
真っ黒な毛並みに真っ赤に血走った目で声を上げながら3人を威嚇している。
「かなり大きな群れだな……これはちょっと多いぞ」
ジリジリと包囲網を形成し、逃げ場を奪うようににじり寄る猿達。
「ギャギャギャ!」
一匹のイビルモンキーが寅吉に向かって飛び掛かる。
鋭い爪を出し、一番槍を務めるつもりだろうか。
「んなー……こいつらは食べても美味しくないんだけどな……」
寅吉は場違いな言葉を口にしながら飛び掛かってきたイビルモンキーに向かってすれ違いざまに刀を振るう。
後方へと着地したイビルモンキーはその場に倒れ首だけが転がる。
「お前らの相手は俺がする。さあ、こっちに来い」
先程までの優しげな声とは一転して、ドスのきいた低い声でイビルモンキーに向かって煽るとらきち。
クレアと少年からイビルモンキー達を離すため、寅吉は2人から距離をとって走りだす。
◇◇◇
(傷口は大体塞がった……はずだけど……
クレアが回復の魔術を施し、少年の傷は粗方治っていた。
だが、少年の顔に正気が戻らない。
そこにあるのは、絶望と諦めの表情。
「……もう、いいよ……みんなのところに、いきたい……」
年端もいかぬ少年の口から漏れる、死を望む言葉。
クレアの表情が悲痛に歪む。
「君みたいな子供が死にたいなんて口にするな。子供は子供らしく、笑って生きろ!」
「でも……もうつらいよ……おとうさんも、おかあさんも、みんな……しんじゃった……1人はさみしいよ……」
到底子供の口から漏れていい言葉ではない。
傷は癒えた、だが生きる意味を見出せない。
生きる意思を失ったものからは、命が流れ出してしまう。
今にも消えてしまいそうな命の灯火を、クレアは悲痛に歪めた顔で見つめる。
脳裏を過ぎるのは、かつての記憶。
孤児院で過ごした日々。沢山の血の繋がらない家族。
その家族を失った日の事。
クレアの眼に決意の色が浮かぶ。
「君を……1人になんてさせない!子供が1人で死んでいい理由なんて、何処にも無いんだから!」
クレアはそう言うと、杖を持った右手を天高く掲げ、左手を少年の心臓の上に乗せる。
右手で掲げた杖の先から魔力が噴き出す。
少年を包んでいた魔術は解かれ、新たな術式が2人を被う。
先程までとは規模の違う大きさの魔法陣が展開し、幾重にも幾何学模様が折り重なっていく。
クレアの手から少年の中に暖かなナニかが流れ込んでいく。
(あったかい……)
凍えていた少年の心に、暖かなクレアの心が届く。
◆◆◆
「いい子にしてないと森の魔女が来るぞ!」
「いやー!こわいーい!」
「アイラ、“もりのまじょ”はすごいひとなんだよ!」
「そうなの?」
少年と妹は父親とじゃれ合い、母親は台所からその様子を楽しそうに見ていた。
「むらのもりをつくったんだよ!もりのなかにすんでるんでしょ?」
「そうだな、お父さんも1回だけ会ったことがあるけど。あっという間に折れた腕を治してくれたよ」
「「すごーい!」」
穏やかな日常が過ぎていく。
「おかあさん!しんじゃだめだよ!」
「ごめんね……一緒に居てあげられなくて……このお守り、あげるから……」
優しく少年の頭を撫でる手は細く痩せ細り、体温を感じられなくなっていた。
冷たくなっていく手で少年の頬を撫でると、そのまま力なく床に落ちてしまった。
「おかあさん!」
少年の嗚咽が響く。
「グレン……アイラを連れて逃げなさい」
「いやだ!おとうさんもにげようよ!」
「駄目だ!このままじゃ……全滅してしまう……ごめんな、お前にこんなこと任せてしまって……でも父さんも母さんもお前達には生きていて欲しいんだ……行け!」
少年グレンは妹のアイラを連れて村から走って逃げ出す。
背後から父親の怒声が聞こえる、そして幾度かの衝突音の後に響く末期の叫び声。
小さな村は炎に包まれ、至る所で獣の唸り声や悲鳴が響いていた。
「おにい……もうはしれないよ……」
「がんばれ!おかあさんのおまもり、あげるから!はやくにげないと――」
降り頻る雨の中、2人は川にかかる橋へと差し掛かった。
そこで、妹のアイラはへたりこんでしまう。
グレンは妹に母親から貰ったお守りをアイラの手に握らせる。
どうにかして逃げていかないといけないと焦るグレン。
父親との約束を守ため、グレンは必死に妹の手を引く。
ようやく立ち上がって橋を渡る2人。
橋の半ばまで来た所で、バキリと板が割れる。
スルリとグレンの手から妹の手が抜け川に落ちていく妹を見ていることしかできなかった。
歩き、あるき、アルキ……ひたすらに彷徨った。
獣に襲われ、追い立てられるように遺跡に逃げ込んだ。
落ちた衝撃で動くこともできない。
もう流れる涙もなかった。
(もう……つかれた……いたい……おとうさん……おかあさん……アイラ……みんなにあいたい……)
◆◆◆
少年の記憶。
流れ込んだ感情を伴う魂の悲鳴を、クレアは受け止めていた。
風前の灯であったグレンの命を、無理矢理に繋ぎ止める術式。
この世の理を越え、心と心を繋ぐ禁断の魔法。
「辛かったね……頑張ったね……でも君は生きないと、そう、約束したんだろ?」
「ぼくは……みんなに……かぞくにあいたいだけなんだ……」
「そうだね、みんなに会いたいよね……ごめんね、私でも失った家族に会わせてあげることはできない……でも、君の家族になることはできる。グレン、君と私は、今日から家族になろう」
クレアがそう宣言すると、生きる力を失っていたグレンの目に微かな光が戻る。
「か……ぞく?」
「そうさ、家族になるんだよ。頼もしい仲間もいるぞ。さっ、私の手を取って」
「でも……ぼくには……いきるいみが……」
再び失いかける希望の光。
「そうか、ならば私がその意味を与えよう――」
◇◇◇
「んにゃ、一向に数が減らないな……クレアはまだかな?」
チラリとクレアとグレンの方を確認し、大規模な術式が展開されているのを確認する寅吉。
「もう少しか……んにゃ、いくらんでも多すぎだね。……何かあったか?」
寅吉は1人で呟きながら、絶え間なく襲い来るイビルモンキーの群れを切り刻んでいく。
素早く身を屈め、走り抜け、刀を振るう。
一連の動作は一部の淀みも無く、しなやかに流れる様に行われる。
寅吉の通った後に残るのは、イビルモンキーの死体の山。
その数は数十を超え、今尚積み上げられている。
だが、通常のイビルモンキーの群れであれば、もう全滅させていてもおかしくない数のはずである。
それが、元居た数以上が寅吉を囲んでいるのである。
明らかな異常であった。
「まさか、上位種……或いは統率種が生まれた?」
魔物には幾つかのランクがある。
下から、劣等種、普通種、上位種、統率種と強くなっていく。
イビルモンキーは普通種、それらの上位種や統率種が現れると群れは途端に強く、数を増す。
寅吉はその可能性を危惧しているのだ。
「――んにゃ、不味いかもしれないな……。クレア!急げ!やばいのが来るぞ!」
寅吉の予感は的中してしまった。
巨大な影が、天井の穴から姿を現す。
◇◇◇
「ぼくが……いきるいみ?」
「そうだとも、君は今、何のために、誰のために生きていくのか分からないのだろう?じゃあ私がその意味を与えようというのだよ」
響く剣戟音と魔獣の叫び声。
そんな状況の中で、クレアは悠々と語りかける。
「君は私達の為に生きるんだ。より正確に言うならば、私の趣味の為に生きてみないか?おっと、寅吉の趣味にも付き合ってあげてくれ、彼も中々多趣味なんでね。私はそうだな、色々な物語を作ってくれればいいかな。絵が描ければ最高だ。他にも音楽でもいい、料理でもいい、日々の生活に刺激が欲しいんだよ。いやー長いこと生きてると刺激がなくてね、こんな世界だろ?なかなか新たな文化や創作物は生まれ辛くてね。恥ずかしながら、相方共々飽きてしまっていているんだよ。そこで君にお願いと言う名の使命を与えたいと思うだがどうだろうか?なに、そんな難しく考えなくていいよ、気楽にやってもらえれば十分だ。時間はたっぷりあるからね。勿論、家族だからといって奴隷の様に無休でこき使おうって訳じゃないよ?ちゃんとお給金も支払うし、お休みもある。そうだ魔術なんて興味ないかい?これでも腕には自信があるんだ、私が直接教えてあげよう。ふふ、楽しい生活が想像できるだろ?どうだい?私と家族になってみないか?」
「――えっ?」
先程までの雰囲気をぶち壊すように、早口で捲し立てながら一方的に喋って同意を求めるクレア。
あまりの情報過多にグレンは目をしぱたかせながら、真顔で声を漏らす。
「おっとごめんね。つい喋り過ぎてしまったよ。簡単に言うと、私達と一緒に生活しないか?ってことだよ。その分ちゃんと働いてもらうけどね」
「なん、で……ぼくなんかを……」
当然の疑問を口にするグレン。
戸惑うグレンを優しく見つめながら、クレアはそっと答える。
「しいて言うならば、君は私と、私達と同じだからかな。救える命は救いたいしね。まあ趣味の話も本当だけど」
慈愛に満ちた目が、グレンの双眸を捉えて離さない。
「ぼくは……いきていて……いいんの……?」
「ああ、存分に生きなさい。生きられなかった皆の分まで」
「……うん」
2人を包んでいた魔法陣が更に輝き、収束していく。
魂と魂の回廊が形成され、血よりも濃い家族の絆が生まれる。
契約はなされた。
「じゃあこれからよろしくね!グレン!」
「――はい」
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