第十三話 独裁者のゲノム

「狙撃手は指定地点で待機。救護班、俺と一緒に向かいます。皆さんの敵はただ一人、どうか恐れないでください!」


 向けられたいくつかの取材カメラに向かって俺は宣言する。

 空には取材ヘリに近距離撮影のドローンが舞い、陸には民間軍事会社の協力で重火器も投入されていた。ターゲットは親友・酒井 徹。この世界の”最後の人類”だ。


「目標は現在、被害の少ない海域へと移動しています。皆さんも引き続き戒厳令を守り、敵の動きが収まる夕刻以外は絶対に外出しない事! いいですね!」


 軍服に身を包んだ、俺はまさしく世界の救世主といったところか。


 長かった——。

 あの日、酒井にゾンビ化のファクターが確認されたという連絡があったのは、私設師団のメイド長からだった。


「酒井の件は本当なのか、新田! そうだな、それより……、父はこれを知っているか?」


 俺の前方にはメイド服を着た女が一人。冷たい表情をして直立敬礼をしている。


「はい、慶事様のご学友という事も、知られるのは時間の問題かと思われます」


 この私設師団の隊長は、女だてらに5年空軍パイロットを務めた新田 かなえだ。引退後の厚遇を条件に、高橋財閥の駒としてよくやってくれている。


「そうか。父に酒井の存在は伏せなくていい。酒井から例の因子は抜き取ってあるんだろうな」


「勿論です。ただ、件の因子は不安定なままでして。ご友人の酒井様がいつ発症するかは、体内の成長因子に依るものかと思われます」


 俺は少しの間思案する。親友を助けるか、筋書き通り世界を救うか。

 勿論後者だ。

 ついでに父の覇権を覆せればいうことはない。


「よし。分かっているな新田。父の主治医の買収は済んでいるか」


「仰せの通りに」


「では、例の因子の解明を急げ。そしてお前の役割を忘れるな。分かっているだろうが、俺を裏切れば新田家は子々孫々まで地獄をみると思え」


「……はい、慶事さま」


 

 第二次世界大戦の折、誰しもが平和な世界を望んだ。

 悲劇を繰り返すわけにはいかぬ。

 歴史には「偽善者」と「為政者」、そして何より「憎むべき敵」が、必要なのだから。

 

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