第九話 世界のカルマと俺のエゴ

「はぁぁああ!? ちょっと待ってくださいよかなえさん! 第一ぜんっぜん説明になってないですって」


「あら、そうですか? はい、腕を出してくださいねー」


「こわいこわいこわい! 武闘派メイドホンット怖い! 俺のトラウマが塗り替え変えられる!」


 新田かなえは至って冷静だ。仁王立ちのまま「仕方ないですね……」と、ため息を吐くと、右手に注射を持ったまま一旦俺から離れた。


「ゾンビパウダー、そう言ってしまうと随分チープに感じますよね。日中戦争では、アヘンが暗躍していたことを、酒井様はご存じで?」


「それってもっと古い歴史なんじゃ」


 確か教科書では、イギリス対清のアヘン戦争が有名だったが。


「あら? この辺りにケシが群生していたのに気が付かないとは、マイナス10点ですわね」


 なんて恐ろしいメイドだ。いや、もっと恐ろしいのは高橋家だ。あの呑気な友人を思って、俺は言い知れぬ恐怖を覚えた。

 幸せとは誰かの不幸の上に成り立つ、といういやな言葉を思い出したからだ。


「勿論、ゾンビパウダーはアヘンだけを原料にしている訳ではありません。そして、高橋財閥がこの事件の出所というのも、少し事情が違うのです」


「と、いうと……?」


「今までご覧になってきた通り、道行くゾンビたちの身体的強度が優れていることは、すでに酒井様もご承知かと存じます。我々は1900年代からのツケを返そうと、むしろ躍起になって研究を重ねたのです。そしてこれが——」


「世界の……キュア?」


 新田かなえが静かに目を閉じる。だけど俺は、肝心な事を聞いていない。


「仮にですよ? それで世界が救われたとしてですよ。なんで俺がそんな……。しかもなんで俺とかなえさんだけが“人間”として存在しているんですか!?」

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