第2話 はじめまして

「な、な、な……」


 目をまん丸に見開いて少女がパクパクしている。昔見た、魚が水面でパクパクしているまさにそんな感じだ。


「ナナナさん? 珍しい名前だね。ププ」

「ウララさま、大丈夫ですか? 頭を打ったのでしょうか? どうしよう……R・Jアール・ジェイ! アローナ先生を呼んできて! 早く」

『ジジジ』

「いやいや、ちょっと待ってくれ。俺は頭を打ったかもしれないけど、あ、この体がって事だけど。俺は至って正常運転だ。うん? 正常じゃない状況だけど……。いたってまともだ。うん? あーーっややこしい」


 慌てふためく少女を必死でなだめるレヴァンを、今度は怪しむ目で見つめる少女がいる。

 どれだけこの体の持ち主、ウララという女は信用されていないのか、と思わずにはいられなかった。


「とりあえず落ち着こう、な」

「本当に、私を騙そうとしてないのですね」


 レヴァンは少女の言葉に大きく頷いた。騙すも何も、レヴァン自身も今の状況を説明して欲しいくらいなのだから。


「本当に?」

「神に誓うよ。だから……まずは、俺に何か着る服をくれないか?」




※ ※ ※


「あー何だ? この服、スカスカするなー」

「……」

『ジージジジ』


 二人(実際は一人と一個というべきか)は、先ほどから無言で歩き続けている。「状況を整理したい」と言うレヴァンに同意した形で、R・Jアール・ジェイを先頭に無駄に広い廊下を進んでいた。

 どんな仕組みなのかわからないが、レヴァンたちが進む方向の一ブロック先に懐かしい景色が映し出される。大自然に広がる草原だ。ここが屋内である事を忘れそうだ。


―― これは、魔法か?



 しばらく進んだところで少女が歩みを止めた。

 すると赤い光のシャワーが降り注ぎレヴァンたちの体を通過する。


『スキャン完了。ウララ・ローレン認識。アテナ・アッシュ認識』


 どこからか機械音が告げると、扉が開いた。

 この少女、アテナというらしい。レヴァンは少女の横顔を眺めながら心のメモに記録する。


 レヴァンがウララとしてセキュリティシステムを通過した事で、アテナの疑いの目が再び向けられていたが、レヴァンは黙ってR・Jアール・ジェイの後について部屋に入った。


 そこは豪華なソファーや大きなモニター、勉強机なのか、これまた大きなテーブル、そして大きなベッドなどが置かれている空間だった。

 しかもベッドの周りにはこれでもか!? というくらいぬいぐるみがひしめいている。


 どうやらここはウララの部屋、なのだと察しがついた。


「ここがコイツの部屋か?」

「えぇ」


 レヴァンはぐるっと部屋を一周する。特にこれといって不審なものはない。

 何だか人の部屋を物色している悪い大人のような気分がして、レヴァンは居心地の悪さを覚えていた。


「立ってないで、お座りください」

『ジージジジ』


「あ、あぁ」


 気まずい……。

 そんなレヴァンを他所に、アテナはテキパキと床に散らかっている衣服やぬいぐるみを片付け、どこからか飲み物の準備まで整えていた。


「さぁ、どうぞ。お話ください」

『ジジジ』


 冷たい声で促される。

 レヴァンの向かい側に姿勢を正して座っているアテナとふかふかな座布団の上に着地しているR・Jアール・ジェイの視線がレヴァンに注がれているのがわかる。

 この緊張感は何だ……レヴァンは大きく深呼吸した。


「じゃぁ……初めましての、自己紹介だな」

『ジジジ……ジ』


 耳に聞こえる自分の声が甘く脳天に突き刺さる。「まったく調子狂うぜ」とボヤきながらもレヴァンは自分の頭の中を整理しながら話し始めた。


「俺はレヴァン、レヴァン・サンドール。サンドール家の嫡男で名門『不死鳥クロステール部隊』に所属している。その『クロステール部隊』っていうのは、これから起こる戦いに備えて基盤を固め、市民を守るために国家によって編成された特別部隊だ。俺はそこに入隊して3年が経つ。自分で言うのも何だが、成績優秀、スポーツ万能、戦闘能力は最上級クラスだ。家族構成は、妹がいる……気がする」


 ここまで話した所で、アテナの反応を伺う。「不死鳥クロステールって知ってるか?」と尋ねてみてもアテナは首を傾げるばかりだ。


「ダメか……俺の体……どこに行ったんだろうな。それにコイツの本体は俺の体の中にいるんだろうか」

『ギーー! レヴァン・サンドール! レヴァン!』

「何だよ」


 レヴァンの言葉を遮るように、R・Jアール・ジェイが叫びながら部屋中をぐるぐると舞い始めた。


「ちょっと、どうしたのよ!」

「俺、なんか変なこと言ったか?」


『レヴァン! レヴァン!』


 次の瞬間、R・Jアール・ジェイの球体がパカっと開き、内蔵カメラのレンズらしき物が光を放ち始めた。

 どうやら壁に映像を映すらしい。


『レヴァン・サンドール。ここバハムドール帝国を築いたファウンダーの一人である』

「え?」

「ちょっとーR・Jアール・ジェイ、それは伝説のお話でしょ? ウララさまが言っているコイツのこととは関係ないんじゃ」

『ジジジ……』


「そうだよなー。ただの同名だよ。ファウンダーなんて言ったら、ヨボヨボのじーさんかばーさんだろ? 初めて意見が一致したぜ」


 レヴァンはヒラヒラと手を振り「レヴァン違いだぜ」と言って見せる。

 そしてソファーにふんぞり返り目覚めるまでの記憶を遡ってみた。ファウンダーにされる前に自分の中の整理をしなければ……。


 あの時白い光に包まれた。それまでは覚えているのに、なぜそんな状況になったのか直前の記憶がごっそりないのだ。しかも妹の顔も名前も、友人の顔すら思い出せない。


―― 何がどうなってるんだよ……。


 瞳を閉じ、天井を仰ぐレヴァンの耳にアテナの絶叫が響き渡った。


「ちょっと! 何してるのですっ!」

「へ?」

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2025年12月9日 18:30
2025年12月10日 18:30
2025年12月11日 18:30

蒼の絆〜美少女になった俺は魔法を覚え、仲間と共に未来の世界を救うらしい〜 桔梗 浬 @hareruya0126

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