影一つ
とりあえず俺たちは場所を移すことにした。教室はもう人でいっぱいだし、やはり屋上がいいだろう。邪魔も入りにくいし原作でもそうしている。
屋上に着くなり弁当が広げられ、辺りに食欲をそそる香りが漂い始めた。
「えへへ、遠慮なく食べてね!」
シオンが作って来た弁当は普通に想像するものとは少しだけ違っていた。生姜の利いたお肉にレタス、たくわんなどの漬物。汁物には豚汁が用意されており、山のようにご飯が盛られている。もう一品は洋食となっていて、ハーフサイズのオムライスに一口サイズの唐揚げやにんじん、色どりでプチトマトやブロッコリーなどが詰められている。和食と洋食の二セット……合わせるとかなりの量だった。
「す、すごすぎるわ……!」
ツツジの目がこれまで見てきた中で最も輝いている。まあ無理も無いだろうな。量もそうだがシオンはめちゃくちゃ料理が上手い。彼女の実家は田舎の定食屋という設定なので、両親から美味しい食事の作り方を教えてもらってきたのだろう。そのせいか弁当でさえ定食風だ。
「それじゃあ、いただきます!」
「いただきまーす」
「いただくわ!」
そう言うとツツジは音速で唐揚げをつまみ口に放り込んだ。その間僅か一秒にも満たない。早すぎんだろ……。
「お、おいし……」
しかも言いながらなぜか涙を流している。
「泣くほどなのか?」
「だっでぇ、こんな美味しいおかず食べたことが無くて……」
「もう、大げさだよ~」
そういえばツツジの姉は店が忙しくてあまり料理を作ってあげられてない、という設定があったな。それにしても泣くこと無いだろうが。まあ、シオンもにんまりと嬉しそうだし良いか。
「ほらほらツツジちゃん。たくさんあるからゆっくり食べてね」
「ん……。このポテトも作り手の愛を感じるわ……」
「それ冷凍食品だよっ!」
……それにしても。
「シオン、ほっぺにケチャップが付いてるわよ」
「ほんと? とってとって!」
「もう、しょうがないわね。ほら、じっとしてて……」
「えへへ。ありがとう、お姉ちゃん!」
「誰がお姉ちゃんよ! 調子いいんだから」
「なんだかツツジちゃんの手って安心するんだよね――って、モミジくん? 身体が透けて見えるよ!?」
「ああ、気にしないでくれ。たまにこうなるんだ」
「あんたの生態どうなってるのよ……」
俺がずっと見たかった光景はここにあった。あまりの尊さに思わず蒸発してしまいそうになる。
やはり二人を引き合わせて正解だった。元々気が合うわけだし、何かキッカケがあれば良かったのだろう。このぶんだと生徒会へもスムーズに入ってくれるんじゃないだろうか。
「モミジくんは? おいしい?」
発言の機会を伺いながら黙々と食事を続けていると、不意にシオンから感想を求められた。
「ああ。今まで食べてきたものの中で一番美味い」
目前で繰り広げられる百合色のムードに圧されて味を忘れていたが、推しの手料理だ。当たり前に美味しい。
「……うへへ。良かったぁ」
シオンは料理を褒められたのがよほど嬉しかったのか、いつもより一層にこにことして見えた。その様子を見てツツジが問う。
「……その、気になってたんだけど。あんたたちって元々同じ学校だったとか?」
「まさか。まだ会って三日だ」
「三日!? それにしては随分と仲良くしてるわよね……」
そうか? シオンは原作で周りの人間に対していつもこんなだった。だからか、俺自身もそこまで違和感を抱く事は無い。現にツツジともこうして仲良くしているわけだし。
「えへへ。モミジくんとはよく気が合うんだっ。まるで初めて会ったわけじゃないみたいに!」
「ふーん……あんたまさか」
「や、だから誤解だって」
睨まれた。そういえば俺ってストーカー扱いされてたんだったな……。シオンが居なければこうして食事の場を共にすることも無かったのかもしれない。
……さて、楽しい食事の時間はあっと言う間に過ぎていく。食事が終わって片付けも済ませ、教室に帰ろうといった段階で俺は本題を切り出すことにした。
「そういえば、二人は部活とかどうするんだ?」
聞いたものの、もうツツジの答えは分かっている。彼女は現会長の姫松葉ボタンに憧れてこの学校に入学した設定があるくらいだ。間違いなく生徒会に入るだろう。
問題はシオンか。今回の交流を経て、ツツジと一緒に生徒会に入るよう気持ちが傾いてくれればいいが……。
「私は……うーん。一通り部活動体験には行ったんだけど、どれもしっくりこないの」
「お! マジか!」
「なんで嬉しそうなのよ」
そりゃあ事態が良い方向へ向かってきているからだ。昨日部活だなんて言い出した時は焦ったが、このぶんならツツジから生徒会を推してくれれば簡単だろう。
「それで、ツツジは?」
「わたしも気になる! どうせならみんなと一緒のところがいいなぁ」
「あ、あたし? あたし、は……」
生徒会。そうだよな? さあ、早くゴールを決めてくれ! 結果は分かっているつもりだったが、俺は逸る気持ちを必死で抑えていた。
――しかし。
「……わかんない。あたし、どうしよう」
「え?」
ツツジの口から出てきたのは……彼女らしからぬ弱々しい声だった。
「ツツジちゃん?」
「あたしね、生徒会に入るつもりでこの学校に来たの。でも、今はちょっと……悩んでて」
……おいおい。
「いったい、どうしたんだ?」
「部活に入るつもりとか?」
「あたし、運動音痴だし。けど文化部でやりたいこともないの」
シオンに続いてツツジまで。原作でも流されて入っただけのシオンはともかく、確固たる意志を持っていたはずのツツジがこうなることは読めなかった。額に嫌な汗が流れる。
「お前……生徒会に入りたかったんだろ。この学校には今役員が足りない。面倒な選挙とかすっ飛ばして、希望さえ出せば入れるかもしれないんだぞ?」
少なくとも原作ではそうだった。それに、昨日のボタンの様子からも入会希望者を拒否しようだなんて空気は感じられない。やる気のある彼女なら即刻受け入れて貰えるはずだ。
……それなのに。
「ううん。あたしなんかじゃやっぱり、先輩の足を引っ張っちゃうかもしれないから」
彼女は首を縦に振らない。そこにあるのは今まで原作を通して見てきたツツジが見せなかった表情。勝ち気で怖がりで泣き虫だが、憧れの先輩の下で精一杯働きたいと告げていた原作の彼女は……ここにはいない。
「ツツジちゃん……」
「ごめん。あたし、次移動教室だから急ぐね。……お昼嬉しかった、ありがと」
「あ、おい!」
そう言うとツツジは走り去ってしまう。去り際に見えた彼女の表情に先ほどまでの笑顔は無かった。ただ二人呆然と取り残された中で、シオンが制服の裾をきゅっと掴む。
「ツツジちゃん、何か悩んでるみたいだったね」
「あ、ああ……」
「……モミジくん?」
上手く行くと思っていたはずなのに……まだ足りないのか。このままじゃこの世界は……俺の大好きだった作品はどうなってしまうのだろう。
二人寂しく立ち耽りながら、俺たちはただツツジの走り去っていった方向を見つめていることしか出来なかった。
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