第13話 シュウ・ツルギガブチ



「……こっちかッ!」


 ガサガサと大きな音を立てて、茂みから大柄な男性が飛び出してくる。


「お前たち、何が……って刀禰咲とねざき?」


 その男性は、レインたちが抱きしめている相手を見、目を瞬く。


「……やだ……見ないで、剣ヶ淵つるぎがぶちくんに……こんな顔、見られたくない……」

「シグレ?」

「シグレちゃん!?」


 シグレはそう言葉を漏らしたあと、プツリと糸が切れるように、リーラへとしなだれた。


「……大丈夫、気を失っただけ。限界だったんだんだと思う」

「そうか」


 リーラはシグレを抱きしめたまま様子を伺い、心配そうなレインに答える。

 それを聞くと、レインはシグレから離れて立ち上がった。


 大柄でかなりガタイの良い男だが、顔立ちは幼い。もともとベビーフェイスという奴なのだろう。


 右手にシグレのモノと似た赤い石のついた大型のガントレットをつており、背中には両手用の長剣を二振り、交差させて背負っている。


「アンタ、シグレの知り合い?」

「ああ。昔なじみって奴でな」

「帰れない呪いを掛けられた仲間って奴か」

「……それ、ソイツから?」

「触りだけだよ。突然この辺りに呼び出されて故郷に帰れない呪いを掛けられたって」


 レインの言葉に、彼は眉間を揉んで小さく息を吐いた。


「すまん。その話題に敏感でな」

「だよね。安易に確認してゴメン。でもこっちだって仲間を守るために警戒してるんだ。そこは許して欲しいな」

「それもそうだな」


 お互いに息を吐きあう。

 それから、男性の方が気を使うように名乗った。


「シュウ・ツルギガブチだ」

「ああ! アンタが『止まらぬ猛牛』か。

 初めまして、レイン・シングインズだ」

「なるほど、キミがレインか。よろしくな。

 それと、その二つ名は好きじゃなくてな。呼ばないでくれると助かる」

「りょーかい。二つ名なんて周りが勝手につけてるだけだしな」


 そんなやりとりの中で、レインはそういえば――と、リーラを示した。


「あっちでシグレを介抱しているのがリーラ」

「もしかして氷雪ひょうせつ系の術技が得意な白姫しろひめ?」

「正解」

「そんで蹴り姫の三人か。豪勢なパーティだな」


 そう口にしてからシュウは周囲を見回す。


「だからこそ解せないけどな。何があった?」

「んー……ミラリバスが出てきた」

「なんだとッ!」


 反射的にシュウがレインの両肩を掴んだ。


「あ、ぐ……」


 苦痛に歪むレインを見て、シュウは慌てて手を離なす。


「す、すまん……」

「……いいよ。シグレもそんな感じだったしね」

「そうか」


 申し訳なさそうに後ろ頭を掻きながら、シュウは相づちを打つ。


 そして、シグレが意識を失うほど憔悴している理由をレインが説明すると、シュウは何とも言えない顔をしながらシグレを見た。


刀禰咲とねざきも帰郷を願う者だったか……」

「ちょっとだけ聞いていい? シグレは自分以外の呪われた人にあんまり会ってないみたいだからさ」

「どうした?」

「帰りたい人と帰りたくない人って分かれてるの?」


 問われて、シュウは少し難しい顔をしてから、嘆息するように答える。


「帰りたくない――というよりも帰るコトを諦めてこの地で骨を埋める覚悟をした者……っていうのが正しい。

 だけど、そっちの方が多い。というか大半はそっちだよ。俺と刀禰咲とねざきくらいだ。帰還を諦めきれていないのは」

「……そう」

刀禰咲とねざきにとっては苦渋に決断だったんだと思うぜ。

 まぁミラリバスに関しては、おとぎ話とかを思うに、君たちを殺したところで帰還なんてさせてくれなかっただろうけどな」

「やっぱりそう思う?」

「ああ。話を聞く限り……そして俺の記憶と合わせれば、あいつにとって人間なんてオモチャだ。刀禰咲とねざきをどこまでも絶望させて追いつめていくのを楽しんでるんだと思うぜ」


 レインは思わず舌打ちをしてしまう。

 予想通りどころか、予想以上に最悪な道化だったようだ。


「ただそれでも、俺なら君たちを殺していたかもしれない」

「その後で嘘だと言われたら?」

「それならそれだ。次の帰還方法を探すだけだ」

「ドライだねぇ……でも、それに文句を言うつもりはないよ」

「殺すと言われて怒らないのか?」

「たらればで怒ってもね。そういうシチュエーションになればってだけだから、今は手を出してこないだろ?」

「出す意味がないしな。指名手配でもされると、帰還方法を探すどころじゃあなくなる」

「それを聞いて安心したよ」


 そうして、レインは本題を切り出した。


「シグレを抱えながら森から出るのは大変そうだからね。

 そっちが問題ないなら、ちょっと護衛して欲しいんだけど」

「なら交換条件だ。こっちは森の異常を調べにきた。情報が欲しい」

「いいよ。ミラリバスの前に出会った、妙に強いダンゴムシの話とかどうだい?」

「是非」

「交渉成立でいいかい?」

「ああ」


 そうして、シュウに護衛をしてもらいながら、三人は森から外へと向かうのだった。



 入ってきた時と同じクロスプリンド街道の森の入り口へと戻ってくると、先に停まっていた流旅行車スペースはシュウのものであると判明した。


「やっぱシュウの流旅行車スペースだったかそれ」

「あちこち旅して回るなら個人で持つと便利だぞ」

「個人で持つには値段と維持費がなぁ……」

「それはある。維持費もバカにならんしなぁ……」


 森から出ると、レインとリーラはシグレを乗ってきた流旅行車スペースの後部座席に横たわらせる。


 それを確認してから、シュウが声を掛けてきた。


鋼甲変玉蟲メタリード・ピルバグの情報助かった」

「まだ森に死骸が残ってると思うから、必要だった回収しな。こっちを義理立てする必要はないから、お金に換えてくれても構わない」

「お言葉に甘えるよ。俺はもう少し調査していく。道中気をつけて」

「そっちもね。護衛、助かった。ありがとう」

「ああ。刀禰咲とねざきを――友人を頼む」

「もちろん」


 レインはシュウと挨拶を交わして、流旅行車スペースの運転席に座った。


 軽く手を挙げてくるシュウに、リーラが頭を下げる。


「それじゃあ安全運転で帰るとしようか」

「うん。レイン、お願いね」


 そうして、レインの操る流旅行車スペースはゆるゆると動きだし、クロス・ソーサーに向けて走り出すのだった。


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