天下無双の布団踊り

坂本餅太郎

剣を捨てた男の贖罪


 ——この街には、ひとつの奇妙な噂があった。


 夜な夜な広場に現れ、布団をまとって踊る男がいるというのだ。しかも、その舞は天下無双と称えられるほどに見事だという。


 誰が言い始めたのかは分からない。だが、その噂はたちまち広まり、今では街の名物となりつつあった。


「今日も来るかな、布団の踊り手!」


「一度見たけど、ありゃあ本物だよ。布団をまとってるのに、まるで風みたいに軽やかなんだ」


「しかも、あれだけ踊った後でも汗ひとつかかないんだぜ」


 広場に集まる人々は、期待に胸を膨らませていた。


 やがて、夜の帳が下りる頃——。


 風に舞う一片の布が、石畳に落ちた。


 その瞬間、観衆は息を呑む。そこに現れたのは、鮮やかな紅の布団を肩にかけた一人の男だった。


 身の丈は六尺を超え、鍛え上げられた肉体が衣の隙間から覗く。だが、彼が纏うのは鎧ではなく、しなやかな布団だ。


「お待たせしたな……今夜も踊らせてもらうぜ」


 男——名をシオンという。かつて戦場で天下無双と謳われた剣士であり、今は己を罰するかのように布団をまとい、踊り続ける男である。


 静寂を切り裂くように、シオンが布団を広げた。


 一陣の風が吹き、彼の足元に渦を巻く。重厚な布団とは思えぬほど軽やかに舞い、身体を翻すその姿は、まさしく剣舞の極致であった。


 観衆は息を呑む。


 彼の踊りには、ただの道化にはない威厳と哀愁が漂っていた。


「なんで……あんなすごい奴が、布団を?」


 そんな囁きが聞こえる。


 シオンには答えられない理由があった。


――――――――――


 その昔、シオンは王国最強の剣士だった。


 若くして戦場を駆け、敵将を次々と討ち果たした彼は、「天下無双」の称号を与えられるほどだった。


 だが、彼は決して誇り高き剣士ではなかった。


 戦が終われば酒に溺れ、名声に驕り、誰も彼を止められなかった。


 ある日、そんな彼の前に一人の踊り子が現れる。


 名をリリア。戦で焼かれた村の生き残りで、剣とは無縁の優雅な舞を披露する少女だった。


「剣ばかりが強さじゃないわよ」


 彼女は、血に塗れたシオンにそう言った。


 初めて己の生き方を否定された彼は、反発しながらも彼女の舞に惹かれていく。そして、いつしかリリアの存在が心の拠り所になった。


 だが——。


 彼女は戦火に巻き込まれ、二度と帰らぬ人となった。


 シオンが救えなかった唯一の人。


 彼は剣を捨て、己を責めるようにリリアの形見である布団をまとい、踊ることを誓った。


「剣で守れなかったのなら、せめて彼女の舞を——」


 それが、シオンが布団をまとって踊る理由だった。


――――――――――


 広場での舞が終わると、シオンは静かに布団を畳んだ。


 観衆は彼の正体を知らない。ただの奇人として囃し立てる者もいれば、畏敬の念を抱く者もいる。


 その夜、彼は久々に夢を見た。


 夢の中、リリアは微笑んでいた。


 あの日と変わらぬ姿で、彼に手を差し伸べる。


「まだ、終われない……」


 シオンは目を覚まし、そっと布団を撫でた。


 夜が明ける頃、彼は再び広場へ向かう。


 そこには彼の舞を待つ者たちがいる。


 そして、いつかこの舞がリリアに届くと信じて——。


 天下無双と謳われた剣士は、今宵も布団をまとい、踊り続けるのであった。

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天下無双の布団踊り 坂本餅太郎 @mochitaro-s

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