こころ焦がすようなウソだった
くるみしょくぱん
1話 ノートとウソのはじまり
あくびをかみ殺した。
大きなベッドに横になっている、
おかわりのあくびをガマンしながら、
幸子は美咲の首元を見た。
彼女のノドには太い
その管はとなりにある機械とつながっていた。
機械は24時間、プシューッ、プシューッと
美咲の呼吸のお手伝いをしている。
10年前。
幸子と同じ小学3年のとき、
美咲は交通事故で首から下が動かなくなったそうだ。
モノスゴーイ悲劇に感じるかもしれないが、
世の中にはそういう人がたくさんいると美咲は言う。
かくいう幸子も、美咲のことは
最初はカワイソーだなぁ、とか感じていたものの、
訪問が3回目となった今では何も思わなくなった。
幸子はすでに、
美咲の不幸に慣れていたのだ。
タイクツしのぎに外を見た。
刺すような日差しが、天から庭木へふり注いでいる。
夏休み終了1週間まえの昼間だ。
外は想像を絶する暑さにトータツしていることだろう。
「・・・」
なぜ夏休み中の小学3年生である幸子が、
美咲のベッドサイドに座っているのか、
ギモンに思われる人もいるだろう。
それは、
少し離れたテーブルで美咲のママと
ペチャクチャしゃべっている幸子のばぁばが原因である。
ばぁばはかなり前から、
趣味で【傾聴ボランティア】というものをしている。
【傾聴ボランティア】とは、
ゾクいう、ジゼン活動というヤツだ。
ばぁばは昔から活動的で、
人の役に立つ仕事が好きなのだ。
そんなごリッパなばぁばに、家でゴロゴロしている幸子が
傾聴ボランティアに連れていかれるのも
時間の問題だった、というワケである。
何が悲しくてボランティアなんて
しなくちゃならないんだぁあ。
私のキチョウな夏休みをかえせぇぇぇ。
魂の叫びが届いてしまったのだろう、
美咲がつぶやいた。
「ごめんね―――つまらないよね」
「はい」
思わずうなずいてしまうと、
それを見た美咲のまゆ毛がへの字になった。
「あっ・・・すみません」
「いいの。私がわるいんだから。
最近の―――話題がわからないから」
美咲は機械に呼吸を任せているので、
こんなふうに途切れながら話す。
それが幸子のタイクツさを助長させていた。
「はい、いえ、べつに」
またうなずいちゃった。
だって、つまんないんだもーん。
そんなことよりも、
夏休みの宿題どうしようかな。
作文とかめんどうくさくて死にそう。
とうとう口を開けてあくびをしてしまった幸子を見て、
怒るどころか、美咲はちょっと笑った。
この人は顔をつねったとしても、
笑って許してくれそうだ。
「そろそろオイトマいたします」
いつも口やかましいばぁばの声が、
いまだけでは福音のようにひびいた。
いやっほぅー。
やっと帰れるぅー。
勢いよく立ち上がると、
幸子はふらついて棚にぶつかった。
その拍子に、上に置いてあったノートが
バサバサと落ちてしまう。
「すみません・・・あ」
ノートにはびっしりと字がかかれていた。
キレイな字だ。
美咲のママが目尻を下げた。
「ああ。大丈夫よ。
それ、読書感想文なの」
「読書感想文?」
「美咲が読んだ本の感想を、
私がノートに書いているの」
「それは素晴らしいわっ!」
ばぁばが話に割り込んできて、
美咲と美咲のママをほめたたえた。
美咲は恥ずかしかったのだろう、
顔を絵具のように赤くしていた。
「・・・ふぅーん」
読書感想文かぁ、つまらん。
ん?
その瞬間、幸子はビビっときた。
このノート使えるかも。
「これ、読みたいです!!
お願いします。読ませて下さい!!」
幸子がノートを抱え込むと、
美咲のママの顔がほころんだ。
「嬉しいわ。誰にも読ませるつもりはないモノだけれど。
・・・ねぇ美咲?」
不思議なコトに、
美咲のママは目を赤くしている。
なんだか上手くいきそうなフンイキだ。
「どうか、どうかお願いしますっ!」
時代劇に出てくる無力な村人を演じた幸子に、
美咲がうなずいた。
「―――いいよ」
「ありがとうございますぅ!」
ふふふ。してやったり。
家に帰った幸子は、さっそく机の中に入れっぱなしだった、
読書感想文の原稿用紙を取り出した。
これで宿題がひとつ終わるぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます