第23話 ここではない、どこかへ

 伊佐谷にも紳士的なところはあるみたい。

 あたしを家の前まで送ってくれたから。

 でも、自宅が伊佐谷にバレたのはちょっと嫌かも。


「ねえ伊佐谷、突然押しかけてくるのはやめてね」

「信用ないなぁ」

「まーでも送ってくれたのはありがと。そんなに夜遅くないから一人でも平気だったけど、あんたは何度か助けてくれたから頼もしかったよ。今日もナンパから助けてくれたしね」

「ぼくが頼りになることを知ってもらえて嬉しいよ」

「知らない人から見たら不審者みたいな格好だし、不審者も先客がいるなって諦めてくれるでしょ?」

「ひどいなー」


 特に気にする感じでもなくて、伊佐谷はあたしが今住んでいる家を見上げた。


「蓮奈ちゃん、大きな家に住んでるんだね。流石一年生最高のお嬢様」


 屋上テラス付きの三階建て一軒家で、バーベキューが余裕でできる庭があって、半地下は防音つきの体育館になっていて、ガレージには高級車が三台。何かがあれば速攻で警備の人が駆けつけてきてくれる。


 紛うことなき上級の住まいだ。


「褒めてくれてありがと。でもあたしの家じゃないから」

「? ああ、君の両親が購入した家って考えれば、君の家じゃないかもね」

「そうじゃなくて――」


 あたしの視線の下を、すすっと通り過ぎる人影があった。


「あっ、萌梨もえり~。今帰りなの? お帰り~」


 あたしは精一杯の愛想を発揮して、小柄なツインテール頭に向かって声を掛ける。

 けれど萌梨は、あたしを一瞥しただけで、さっさと家の中へ引っ込んでいった。


「今のちっちゃい子は?」

「あたしの『妹』だよ。この時間の帰宅じゃ塾帰りだね」

「へー、きょうだいがいたんだね。いいな。ぼくは一人っ子だから、昔は遊び相手に困らないきょううだいがいる人が羨ましかったんだ」

「……別に仲良くはないよ。あたしと違って、ガチのお嬢様だし」

「?」


 首をかしげる伊佐谷。

 マズい。こんなところで、あたしの身の上話をするわけにはいかない。

 同情で気を引くのは好きじゃないから。


「そ、そんなことより! 伊佐谷の家ってどんな感じ?」

「ん? ぼくの家?」

「そうそう! めっちゃホラーっぽい家ってイメージあるんだけど!」

「イメージで決めないでほしいなぁ。……まあ、普通の家だよ」

「普通ってどんな?」

「普通は普通さ……」


 珍しく視線を合わせようとしない。

 これは……実家に何かしら思うところがあるみたい。


 伊佐谷の弱み、見つけた。

 煽れるときに煽れってね。


「えー、伊佐谷センパイの家ってどんなところなんですかー? あたし、今すぐにでも見てみたいなー」

「……」

「気になるなー、伊佐谷センパイの家。そうだ、明日にでも帰りに寄っていっスか?」

「…………」

「よっぽど立派な家っぽいので、写真バンバンとってインスタにでも――ぎゃっ」


 あたしが女子らしからぬ声を出してしまったのは、伊佐谷がいきなりアイアンクローをぶっこんできたから。


「いたたた……潰れる……」

「あ、ごめんね、つい……生存本能が働いて」


 ヤバくね?

 生き死に関わるくらいデリケートな問題だったの?

 どんな家に住んでるんだよ……刃牙ハウスみある家か?


「まあ、ぼくの実家なんか見てもつまらないから。それより君の家に招待してよ。君のプライベートなところいっぱい知りたいんだ」


 いつもみたいにあたしの肩に腕を回すんだけど、震えていて動揺がバレバレだった。


「まあ、また今度ね。ふふふ」


 これはいいネタを見つけたかも。

 あたしと違って正体がバレようが気にしない伊佐谷相手にマウントを取り損ねた過去があるだけに、あたしはテンションぶち上げハイだったよ。


 いずれ何が何でも伊佐谷のお宅に訪問しないといけないみたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る