第28話 永遠なんて

 息を切らせて部室の前まで来ると、鍵を回してドアを開ける。

 部室の中は、しんと静まり返っていた。備品の中を探り、斧を取り出す。


(友之助桜を止めなくちゃ……!)


 斧を腕に抱くと、小鳩はまた走り出した。桜の下まで走っていく。はあはあと息を切らして、小鳩は斧のカバーを外して、地面に投げた。

 地面に備え付けられたアクセスハッチを開き、地中深くに安置されたカラスマAIの本体を引き上げる。


『何をする気だ……?』


 小鳩は、カラスマAIの入ったカプセルを地面に置くと、そのカプセルに向かって斧を振り上げた。

 バキンと音がして、カプセルがひび割れる。カラスマAIだったものの、せせら笑う声が聞こえた。


『ははは、無駄だ無駄だ!私はもうこの桜と一体化している!そんなものを壊した所で私は死なない!』

「……!」


 一回、二回と小鳩が斧を振るう。カプセルは両断され、中のプロセッサーボードが露出する。

 三回目に斧を振り下ろし、小鳩はプロセッサーボードを叩き割った。


『アハハハッ!死なない!死なない死なない死なない!私は不死身だ!』

「……くそっ!」


 桜が、狂い咲く。風が吹いて、小鳩の視界を桜の花びらが遮った。

 桜の幹がむくむくと体を膨らませ巨大化していく。その天辺を見上げると、狂ったカラスマAIだったものは最早、人の姿すらしていなかった。

 ねじくれた角。耳まで裂けた口。紅い肌。

 異形の怪物。


 小鳩が息を切らして桜の幹に近づく。それから、斧を構えると、小鳩は友之助桜の幹に思いっきり刃を叩きつけた。


『!?』


 バキリと音がして、幹に斧が入り木肌が裂ける。割れ目から、ドロリとナノマシンを含んだ液体が流れ出した。

 友之助桜が騒めいて、幹がメキメキと音を立てる。小鳩は、斧を幹から引き抜くと、もう一度力を込めて叩きつけた。


『……止めろ』


 小鳩の腕が、斧を振るって桜を切り刻む。


『止めろ!!!』


 異形の怪物の声が震え、残路の声音を作り出す。


『小鳩……』


 残路の声が小鳩に呼びかける。小鳩の手が、わなないて止まった。


『小鳩……永遠に桜を咲かせるこのプロジェクトは、お前の夢でもあったはずだ……』


 残路の優しい声音で、怪物が小鳩に語り掛ける。


『俺と一緒に桜を守ろう……?』

「……残路……!」


 ふらふらと足がもつれる。小鳩がたたらを踏む。


『お前が好きだよ、小鳩。お前も俺が好きだろう?永遠に一緒にいよう……』


 斧を握りしめた手が、緩まる。腕に力が入らなくなる。桜吹雪が、息もできないほど小鳩を取り囲む。


(永遠って、俺にとって何だったんだろう)


 嵐のように桜吹雪が吹き荒れる。小鳩の肌から汗が吹き出し、花弁が頬に張り付いた。

 朦朧としはじめた意識の中で、思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


 永遠。AIの母さん。それを受け入れなかった自分。永遠を求めて現れた残路。彼との触れ合い。確かに大切だと、気が付いた想い。そして別れ。

 永遠に続くものは、変わらない。変わらないものは、生きているとは言えない。それは、まるで。


 死と、同じではないか。


 何も変わらず、何も終わらず、ただ同じ姿で在り続けること。

 それは、死よりも深い「停滞」 なのではないか?

 永遠は。

 永遠は死だ。


「あああッ!!」


 小鳩は叫び声をあげて、友之助桜の幹に斧を突き立てた。


「俺は!永遠なんかより、一瞬でも輝く愛が欲しい!俺と残路の絆は、永遠なんかでかすまない!」


 メリメリと、幹が割ける音がする。小鳩振るう斧の刃が、友之助桜に大きな傷をつける。

 自己修復の追い付かなくなったナノマシンが、ドロドロと幹からあふれ出て地面に滴った。


『止めろ……っ!やめ……や……』


 小鳩は、斧を振るって桜の幹を切断しつづけた。

 最後の一太刀を浴びせると、怪物はもう物言わぬ骸になっていた。ホログラフィックが、歪んで、消えた。

 その瞬間、満開になっていた友之助桜の花が、パッと一斉に散りはじめた。

 小鳩は、斧を下ろして友之助桜を見上げた。

 夢のように、友之助桜が枯れていく。

 小鳩は、桜に向かって吐き捨てるように言った。


「永遠なんか、大嫌いだよ」


 散る花弁が、光の粒になって、夜空に消えていく。

 小鳩はいつまでもそれを見つめていた。


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