第4話 力説する烏丸先生と口開けた俺
次の日。
小鳩は、授業を受け終わると廊下を早足で歩いていた。
烏丸は部室に来ているだろうか。来てないかもしれない。あんな態度だったので、もう嫌われたかも。
(平気だよ。あんな奴いなくても……ていうか最初から子供相手に敵意剥き出しの大人って……)
大きなため息をつきながら、小鳩は部室のドアを開けた。
「遅い」
「げえっ烏丸」
部室のソファに、烏丸がふんぞり返って座っていた。
鉢植えが置かれているはずの机の上には、とってかわって何やらパソコンや計器類が置かれている。
「げえとはなんだげえとは」
烏丸が文句を垂れる。小鳩は壁際を移動しながら、床に追いやられた鉢植えを観察したり触れたりしながら、乱暴されていないか確かめて歩いた。
(良かった。傷ついてない)
鉢植えは烏丸が動かしたのだろうが、無傷だった。その上、日当たりのいい所にまとめてある。
(いいじゃん)
植物なんて大切にしないような男だと思っていたが違うのかも知れなかった。
「座れ」
「はい?」
「いいから、座れ」
何だ藪から棒にと思いつつ、烏丸に言われた通り、しぶしぶ小鳩はテーブルを迂回して、向かい側の椅子の所まで移動した。
「俺はナノテクノロジーとAIの技術者だ」
「はい、そうですか」
「……興味なさげだな。つまり、俺は……」
ぐっと烏丸が拳を握る。
「桜を永遠に咲かせるためにここに来た。いいか!よく聞け堺小鳩!俺が開発したナノマシンは、分子レベルで植物の細胞に浸透し、人工的に代謝を最適化する。つまり、細胞分裂の周期を調整し、花を咲かせる信号を強制的に発生させることができるんだ!
「は……?え、え?」
「さらに、これを制御するのがANCL……人工神経制御言語を搭載したAIだ!従来のニューラルネットワークとは一線を画し、人間の神経伝達プロセスを模倣した動的思考アルゴリズムを持っている!これにより、桜の生理現象をリアルタイムで解析し、適切なホルモンバランスを調整、成長因子を促進し、環境ストレスを自動で回避できる!」
「ええ……!?えと、えーと」
「言わば、植物の神経系をエミュレートし、外部から自在に制御する究極のバイオ・シンセティックシステム!つまり俺の技術があれば、桜は永遠に咲き続ける!完全なる制御!人類の叡智の結晶!」
小鳩は仰け反って烏丸のご高説を聞いていた。よくわからんけど、何かすごい。彼の頬がパッと紅潮する。
「つ、つまりだ。俺の手にかかれば、桜を永遠に咲かせることが出来るんだ。花咲か爺さんみたいにな」
(花咲か爺さん)
花咲か爺さんって確か、灰を枯木にかけて花を咲かせる昔話だ。
それが実現するなら、確かにすごいことだろう。
烏丸は咳払いをすると、小鳩に質問した。
「お前も知っているだろう?友之助桜の伝説。言ってみろ」
「ええ!?し、知ってるけど」
「語れ」
「ええー……」
「やれ」
「と、友之助桜の伝説は……」
小鳩はゆっくりと語り始めた。
『昔この地に昔この地に友之助と言う若侍がいた。
友之助はさすらいの八尾比丘尼と出会い、
二人は激しい恋におちた。
村に疫病が流行った時、八尾比丘尼は「友之助に死んでほしくない」
その一心で彼を救うために自分の肝を食べさせた。
八尾比丘尼は死に、友之助が生き残ってしまった。
友之助は嘆き悲しみ、この土地に八尾比丘尼を埋葬した。
不老不死になった友之助は、墓に桜を植えると
剃髪し出家の僧となりどこへともなく去って行った。
それがこの高校の校庭に植えられている友之助桜だ。
友之助桜は、何年も何年も花を枯らすことなく咲き続けた。
友之助桜は永遠に咲き誇り、毎年友之助の名を呼び続けていた。
しかし、あるときから彼の名を呼んでも何の返事も返ってこなくなった。
桜は、彼が自分の声を聞くことができなくなったのだと悟り、絶望の末に花を咲かせることをやめたのだという。
桜は今でも眠りながら友之助を待っている』
「おしまい」
「上出来だ」
烏丸は屈んだまま手を二回叩いて、またふんぞり返った。昨日「桜についてなんか、知らん」って言ったのに、ちょっと知っていたそぶりだ。
「俺は、この伝説を知って<永遠に咲く桜>は観光資源になると思った。しかも、これは命を永遠に永らえさせる手がかりにもなる研究だ。そう考えた俺は、アーク社にこのプロジェクトを進言した」
ソファに身を預けていた烏丸は、のっそりと起き上がり、窓際まで歩いて行った。
小鳩が目線でその姿を追う。本気なんだと思った。この人は、本気で友之助桜を蘇らせ、不死の桜にしようとしている。
「行くぞ」
「へぇ?」
「へぇではない!桜の所に行くぞ堺小鳩!」
そう言うと、烏丸はリュックの中からジュラルミンケースを取り出し、小鳩を連れて部室を出て行った。
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