永遠の桜
アガタ
第1話 母さんが死んだ
2055年。
俺が小学五年生の時、母さんが死んだ。
ガンだった。
折角学校から帰って来たのに、こんな所でじっと座らされて、小鳩は不愉快だった。みんなはどうしてしまったのだろう。
「では始めます」
モニターに電源が入る。画面が明るくなって、その中に、一人の人物が浮かび上がった。
それは小鳩の母、
『……おかえりなさい。小鳩』
瞬間、小鳩の背筋を悪寒が駆け抜けた。
父が電話で、業者に何かを頼んでいたのは知っていた。しかし、やって来たのがこんな物だったとは。ふざけるな。ふざけるな。
画面に映っていたのは母さんを模した疑似人格AIだった。
液晶の中の母さんは、まるで生きていたころと同じ風に微笑み、同じ声で小鳩に語り掛ける。
『会いたかった』
カッと頭に血が上るのを感じて、小鳩は叫んだ。
「違う!」
肩に乗っていたおばあちゃんの手を振り払い、小鳩は怒鳴った。
「あんたは母さんじゃない!僕の母さんは一人だけだ!」
小鳩は画面に向かって殴りかかろうとした。父さんが慌てて小鳩を羽交い絞めにする。
「僕の母さんは死んだんだ!」
液晶の中の母さんは、ほんの一瞬、表情を曇らせた。
『冷たい子ね』
慌てて業者のおじさんとおばさんが、AIをシャットダウンする。
小鳩は、あらんかぎりの言葉を使って大声で叫び続け、AIの母さんを拒否しつづけた。
結局、AIの母さんは、業者に持ち帰られることになった。
父さんは「ごめんよ」と小鳩に謝った。
「お前の寂しさを少しでも埋めることができたらと思ったんだ」
「ねえ、小鳩ちゃん、許してね」
おばあちゃんも小鳩の頭を撫でながら言った。おじいちゃんは鼻を赤くして涙ぐんでいた。小鳩は、泣いていた。
あれは母さんじゃない。そりゃあ、人間と違って、AIは死なないかもしれない。でも、それは母さんを模しただけの、永遠に動き続けるだけの別の何かだ。
泣き腫らした目をおばあちゃんの胸に擦り付けて、小鳩は顔を上げた。
「あれは、母さんじゃない」
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