4  パンチュ

 朝早くのことだ。道を金茶の髪の少年が独り、急ぎ足でやって来た。

 カミッテルは慎重に風を嗅いだ。

『ほかのもののけはいはしない』

「よし。カツアゲする」


 カミッテルは私を乗せたまま、音もなく少年の左側に並んだ。

 私の高さは少年の背の高さと、ほぼ同じにする。私は少年の左の耳にささやいた。

「パンチュを置いて行け」


「……」

 少年は幻を見るような目で、私を見た。視線を進行方向に戻し、再度、すごい勢いで首を曲げて私を見た。

「わっ、わわっ」

 そして、舌も足も、もつれさせて、少年は地面に転がった。

 その隙を逃さず、私はカミッテルごと仰向けの少年に馬乗りになった。

 白目を剥いて意識を失いかけた少年のおでこを、私は、ぺしんとはたいた。

「パンチュを置いて行け」

 念押しだ。


 少年は震えて薄目を開けた。涙目だった。

 兄オオカミは、かわいいねーで済む赤ちゃんオオカミの時代を過ぎて、なかなか威圧感のある風貌に育っていた。

 ひときわ、ぶるっと少年が震えた。

 カミッテルが、『あぁ~』と、渋ちんな声を上げた。

『こいつ、もらしちゃったぞ』


 

 怖がらせ過ぎた。

 私はおしっこの染みたパンツをズボンごとカツアゲした。洗い替えがいるから。

 少年の上衣も浸水していた。

 ひっくひっくと泣き出した少年を残して去るのも後味が悪い。

にゃかないにょっ。男の子れしょっ」と、ジェンダー的にどうなのな発言をしながら、私は少年の手を引いて近くの川へ向かった。


 そこで私は少年のパンツを履いた。

 大きさ的に乳首のところでパンツの腰紐を絞ったら、いい感じになった。着たまま川の流れに身を漬けて、おしっこ成分を洗い流した。

『おまえもそうしろ』

 カミッテルが鼻先で少年をつついて、川の深みへ誘導した。少年の背中を一回こづいて水の中へ転がした。少年の上衣の襟元をくわえて、ゆさゆさと揺らした。

 あとは河原の石の上に、しばらくいれば衣服は渇く。


 そうして、カミッテルに少年の尻をこづかせて歩かせ、元の道の見える場所まで戻った。

「ほりゃ。ここかりゃはかえれりゅ帰れるよね」

 少年を促す。


「……わぁぁっ」

 少年は一目散に上衣のすそをはためかせ、ノーパンで来た道を駆けて行った。

 


 

 私が少年のパンツ(及びズボン)をカツアゲしたことは、すぐにオワターとダンシャリンに、ばれてしまった。

 それは見慣れぬ白い綿のパンツを、娘が履いているのだから。

「おにいしゃんは、むかんけい無関係れしゅ」

 まず私は、カミッテルは自分についてきただけだと弁明した。

 彼は『ぼくがやった』と自首しかねない、妹思いの兄オオカミなのである。


『ごめんなさい。ウェイ』『気がつかないオレらが、迂闊うかつだった』

 ダンシャリンとオワターに謝られてしまった。

『ウェイには衣服が必要だ。食料もオレらといっしょの、生肉とはいかない』

「果物を食べるから大丈夫だよ」

『冬はどうする』

「今から木の実をたくわえるよ」


 夏はいつか終わる。

 備えなければならない。


 秋、森は実りの季節を迎えた。

 私とカミッテルは木の実集めに精を出した。


 オワターとダンシャリンは、前の年のオオカミ狩りのことを忘れていなかった。

『冬が来る前に、森の奥へ疎開しよう』

『他のオオカミの縄張りを干渉することにならない?』

『アキハバラードに仲介してもらうさ。それからウェイ』

 オワターは私に向き直った。

『おまえはサンゲンヂャヤさんに預ける』

「誰それ」

 初耳だ。

『魔女だ。森にんでいる』

 私は、のけぞった。一気に、不思議世界ワンダーランドの魔法色が濃くなってきた。


『そこに行けば、火を通した食い物を口にすることができるだろう』

「……オワターたちといちゃ、ダメ?」

 私は寂しく思った。

『そうだよ。ぼくもウェイといたいよっ』

 カミッテルも同じ気持ちでいてくれた。

 

『冬を越すのは我らオオカミとて難しい。全身脱毛しているウェイがオオカミの巣穴で、木の実だけ食って越せると思うか』

ぜんしんだちゅもう全身脱毛れはないってば……」

 あれから私は、カツアゲしたパンツを愛用していた。洗い替えのズボンもあるが、重ね着しても冬の寒さを乗り切れるか、確かに自信はない。

「わかった。魔女さんのところへ行くよ」

『うむ。では、これから頼みに行こう』

 オワターは自分の背に乗るように私を促した。


『ぼくも行くっ』『ママもよっ』

 カミッテルもダンシャリンも、いっしょに行くことになった。



 魔女の家は、そう遠くないという。

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