「天下無双」「ダンス」「布団」
もと
「天下無双」「ダンス」「布団」
人を傷付ける可能性のある言葉は発声禁止、だったな。
「止めろ」といいたかった己の口に煙草を突っ込む。火をつける。どうしたもんかなあと深く煙を吸う。街灯は遠い。手元が煙草で明るくなったり、暗くなったり。
去年から始まったばかりだから、再教育も受けられず学も金も無い俺みたいな奴はジャンジャン捕まってる。コウイチはラブホで彼女に『ブチ込むぜ』って囁いて禁止用語警官にしょっぴかれた。傷付ける可能性って何なんだよ? ていうか盗聴はいいのかよ? 意味わかんねえー。
「……よろしいでショウカ?」
「いや待って。ええっと、ちょっとだけ待ってください、お願いします」
「かしこまりマシタ」
でっかいクリオネみたいな宇宙人は、手らしき物を体の前で組んでおとなしく待ってくれている。どうしたもんかなあ、これ。バサッと禁止された言葉の一覧表を開く。これタタミ一畳分ぐらいありやがる、折りながら目を通す。
「ダメ」「イヤ」「止めて」も強く拒否してる言葉だから禁止、受け取り方次第で相手が思い詰めたり自傷や自殺の可能性があるから。「遠慮」「再考」「自重」も禁止、遠回しにすればするほど「そんなに嫌なのか」と相手が気付いた時に傷付くから。なんかもうさ、これホントもう……。
「……ぬおー……」
「どうされマシタ?」
「あ、いえ、何でもないっす」
「アナタはとても良い生き物デスネ」
「へ?」
「なんでもないデス、ンフフ」
「ハハッ、すんません」
良い生き物? もしかしてあれか、地球くれって言われた俺が他の生き物とかの事を考えて返事を渋ってるとか思われてる? 全然ちげーのにな、ただ捕まりたくねえってだけなのに。捕まったら年単位で刑務所とかあり得ないじゃん……あれ? もしかして今のイヤミ? なんかクスクスしてるし、タイマンだけど俺が今なにか仕掛けたとしてもあっちは銃みたいなの腰から提げてるから勝てる気しねえし、なんか舐められてる? いやそもそも地球あげちゃえば捕まるもナニも関係なくない? いやダメかダメだよ、くれとかあげるとか、なんかもうソレって殺されるって事だよな。確認しとくか、うん。
「……ええっと、地球をあなた達にあげたら人間ってどうなります?」
「一掃シマス。ワタシ達の見た目ややり方に反抗しそうなので、ハイ」
「ですよね。あ、どうして俺に声かけたんすか? 人間、他に沢山いるのに」
「気になりマスカ? 気になりマスヨネ? ンフフ、でも特に深い理由はありマセン。たまたまなんデス」
「たまたま?」
「最初に出会ったヒトは言語を理解するために脳を戴きマシタ。アナタは二人目に出会ったヒトなんデス」
「あ、それで俺……っすか」
「ええそうデス、ンフフ」
「ちなみに脳をいただくってのは?」
「チュルッと、ハイ。アナタより細身で小さかったのですが充分な知識を持ち合わせていたようデス。ヒトの言語だけならず思考も堪能シマシタ。なので、ワタシ達は歓迎されないであろうと、ならば一人の決断に任せようかと思いマシタ」
……俺より小さかった、多分それって高校生か中学生じゃないか。『新教育』とかいう名を借りた、ただの詰め込み教育ってやつを受けてる可哀想な世代だ。まあ俺達みたいなバカを量産した後悔からだろうけど、じゃあ先にそのバカを救ってから何とかしろって話じゃん……んん? 待てよ、てことは?
「……もし」
「ハイ?」
「ここに『イエス』と『ノー』があったとして、どっちを選びます? あ、直感でだいじょぶっす」
「ハッキリとドチラかを選ぶのは美徳ではないデス。どの角度から見ても優しい選択は、自然に任せ選ばない事デス。全ては大きな流れが解決してくれマス」
「よっしゃ!」
「ハイ?」
「こっちの話っす!」
「ハイ」
突破口ってやつじゃん、きたこれ、あっちの思考回路は新教育か、いや、あれ? でもどう使う? 上手く誘導してお帰り頂くって感じにするには? 慎重に、いやいや、ちょっとぐらい強引に、でも多分俺より賢いしな、バレないように地球守るってか? いやもうバレてんだろ死にたくないとか地球あげたくないとかはさ。じゃあさ、どうしたもんかなあ?
気をそらす、時間稼ぎ、あわよくば地球どうこうとかも誤魔化しちゃえるような……。
「……マツケンサンバ、分かりますよね?」
「ハイ、体育の授業で習ったようデスネ」
「踊りましょう!」
「ハイ?」
「レッツ! ダンス! ウィズミー! マツケンサンバ!」
「ハ、ハイ! ちなみに何故デスカ?!」
「俺、こういう難しいコト考える時はいつも踊るんですよ!」
「なるほど! ヒトの個体差デスネ!」
よし、YouTubeでリピート再生、何もしないよりマシだろ、ダンスの授業なんかクソとか思っててゴメン、役に立つんだな。ていうか、なんかスゲえ楽しそうだな? 良かった良かった。なんとかここから穏便に、あ、そういやさっき何か言ってた?
「水、お好きなんすか?!」
「オレッ! ハイ? ああハイ、この星は遠くからでも青く輝いて見えマスからネッ、水だ水だと嬉しくなって来ちゃいマシタ!」
「近くに海岸、砂浜あるんすよ! ボーンゴッ! 水、海見に行きます?! サーンバッ!」
「カルナバール! ハイッ! 行きマショウ!」
あ、浮いた俺浮いた。出会った時、宇宙人も浮いてたな。飛べるんだ、俺も。
あっちにキラキラした観覧車、夜景が途切れたあの辺りが葛西臨海公園だ。指をさす。さすがにちょっとビビって声が出ない。マジ高えよ、足が震える、しかも意外と寒い、いい桜の夜だなあビールでも買って帰ろって思ってたのが大昔の話みたいだ。
その一瞬、スプラッシュマウンテンで落ちる感覚、もうここが砂浜だ。着いた、着いてる。膝が崩れそう。でもマツケンサンバ踊りながら空飛んだ。ヤバい。
「これが海デスカ! いいデスネ! 最高デスネ!」
「でしょ!」
「ちょっと味見してキマス!」
「いいっすよ!」
めっちゃはしゃぐじゃん。やっぱり見た目がクリオネだと海とか嬉しいんだな。やれやれ少し考えよう、落ち着け、これからどうすっかなあ?
「ギァャオーッス!」
「なんて?!」
「アナタ……騙し……マシタネ?! 海……! ナトリウム! ギャオッス!」
「え?!」
「……溶けマス! ワタシ溶けマス! 悔しいデス!」
「ええ?! 溶けんの? あ、海が塩水って当たり前過ぎてアレか、すっぽ抜けてたっつーか、アレか、え、マジでヤバい?」
「……ヤバいに決まってんでショー! もう怒りマス! いえ怒ってマセン! アギャレラッ! もう最悪デス! いえ最悪ではありマセン!」
「え」
「こんな塩まみれのクソなお星様! アジャイッス! 滅ぼしてやりマスワ!」
「禁止用語警官だ! 地球を直接的に傷付ける言葉だ! 逮捕だ!」
おお、お前ら今さら来たのか、ずっと聞いてたんだろ見てたんだろだったらとっとと来いよ。宇宙人溶ける前に逮捕してやれよ。マジで意味わからんから助けろよ。ていうか、俺も捕まるの? どれで捕まるの? マジで意味わからん。ていうか、宇宙人も何を言っていいのか混乱してんじゃん、可哀想に。
「消してやりマス! アギャオス! アナタ以外のヒト、消してやりマスヨ! ヒトは! 一人! 怖い! ギヤッス! ワタシをハメたアナタ! 地球に! 一人に! して! オギャオッ」
変わった悲鳴だな。俺、また飛んだ。
目を開けたらそこは葛西臨海公園、そこに観覧車あるし。宇宙人がいたトコより少しぶっ飛ばされたぐらいか。禁止用語警官もいない。立ち上がって服をポンポン、ジャンプ、ああ何をしても砂まみれだな。ポケットをまさぐって煙草に火をつける。空は紺、紫、水色、オレンジ、朝日は向こうか。波の音、風の音。
「……さてと」
本当に俺しかいないのか? なんとなく宇宙人は嘘なんか吐かないでガチでやり遂げたような気もする。あの時は一瞬過ぎてよく見えなかったけど自爆みたいな感じがしたし、あの感じなら宇宙人だって命がけで言ってたと思う。建物とかは残して人間だけ消したのか。広く見える空、俺を救ってくれた広い海、いや、塩水、ナトリウムだっけ。
「……フフッ、ヤバいじゃん」
俺だけかあ。マジで俺だけなんかなあ。じゃあこの状況って天上天下唯我独尊、天下無双強大無比ってヤツじゃね? マンガとかゲームだと簡単に言えるんだよなって、ずっと思ってた。現実でも意外と簡単だったな。俺、宇宙人と少し喋ってマツケンサンバ踊っただけだもん。
寄せて引く波の雰囲気と、宇宙人が爆発した時に吹き飛んだっぽい物が散乱してて、静かで、すげえ世界終わった感あるじゃん。煙草をポイ、一応踏んで消す。なんか気持ちいい。
ホームレスが使ってたかも知れない段ボールをかき集めて、どこかの赤ちゃんが使ってたかも知れないヒヨコ柄のブランケットを見つけて、お洒落なカフェのガーデン席にあったかも知れないパラソルを砂に刺す。パラソルの下に段ボールを敷く、横になってブランケットを腹にかける。
「……コーヒー……朝メシ……パン……毛布……お布団……おふとぅん……」
気持ちいい。
気持ちいいけど、ああ考えなきゃいけない事は山ほどあるな。
メシ、家、煙草、スマホ、いや電気ガス水道の無い世界かもだよな、いやしばらくは使えるかも知れん、いやでも、どうすっかなあ? 一人ってのはそんなに苦しくない。いや今だけかも、いやもしかしたら快適かも、いや今だけだろ、一人だぞ、どうすっかなあ?
……とりあえず、寝るか。
おわり。
「天下無双」「ダンス」「布団」 もと @motoguru_maya
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