線香花火のようなアイドル

桜森よなが

アイドルを辞めた後の人生

 ステージでアイドルが踊っている。

 可愛くて、性格もよくて、歌もダンスもうまい、完璧なアイドル。


 もう、私にとって、それはテレビの中の存在でしかなかった。


「まったくもう、テレビばっかり見て、いつになったら働くの?」


 と掃除機をかけている母から言われる。


 所属していたアイドルグループが解散してから、私はこうやってソファにぐでーっと座りながら、テレビをだらだらとみる。そんな生活を続けている。


「そろそろよ」

「そろそろって、それ、数か月くらい前から言ってる気がするけど、就職活動すらしないで、もう」

「うるさい」


 私は耳をふさいだ。


 もう、何も聞きたくなかった。

 嫌なことばかりだ、人生。


 アイドルを辞めてから、いいことなんて何一つない。


 仲間たちは、皆ちゃんと前を向いて生きているというのに。


 今、テレビに映っている麗子は、同じグループで一番人気だった子で、解散してからは別のグループに入って、そこでも輝いている。


 他の子たちはアイドルを皆辞めちゃったけど、ちゃんとそれなりの会社に就職したり、そうでない子も資格の勉強を必死にやってたりする。


 美奈は司法試験の勉強、真由は公認会計士の勉強をしているんだっけ。


 すごいなぁ、私は頭が良くないから、取ろうという気すら起きないや。


 高校生の頃にアイドルになったけど、そこからずっと全然勉強しないで生きてきちゃったから、高校の範囲すら全然できないと思う。


 私って、何もない人間だったんだな。


 アイドルを辞めた瞬間、からっぽになってしまった。


 あーあ、これからどうしよう。


「あんたさぁ、テレビばっか見てないで、何か資格の勉強でもしたら?」


 私はソファから立ち上がり、玄関へ向かう。


「どこ行くの?」


「散歩よ、その辺ブラブラするだけ」


 と言って、家を出る。


 母の小言と掃除機の音がうるさくて、居心地が悪かったのだ。


 まぁ別に外が居心地がいいというわけではないけど……。


 玄関のドアを開けた瞬間、熱気が体に押し寄せてきた。


 暑い……なんで最近こんなにも暑いのだろうか。


 もう、外はだいぶ暗い。


 見上げると、星がいくつか見えて、それはとてもとても遠くて、届くはずがないのに、私は星に向かって、手を伸ばしてしまって……


 何やってんだろうなぁ、私。


 見上げていた顔を正面に戻して、あてどもなく歩き続ける。


 通行人たちは皆、二人組以上で、なんだか世界に私だけが一人でいるように感じてしまう。


 何気なく行きかう人々を眺めていると、浴衣姿の女性が目についた。


 ああ、そう言えば、今日は夏祭りが行われるんだっけ。


 ちょっとだけ花火を見て帰ろうと、祭りが行われている公園に行った。


 来てすぐ後悔した。


 人がたくさんいて、みんな楽しそうで、なんだか自分だけ場違いみたいだ。


 帰ろう……と思っていた時、背後から声をかけられた。


「あの、もしかして、花俣香織さんですか?」


「ええ、そうですけど……ん?」


 どこかで見たような気がする顔だった。


「えーと、どこかで、会いましたっけ?」


「さすがですね、実はあなたの握手会に何度か来たことがあるんですよ」


「え、あーそういえば、ごめんなさい、よく覚えていなくて……」


「いえ、いいんですよ、どこかで会ったことがある、そう思っていただけただけですごく嬉しいです」


 と彼は柔和に微笑んだ。


「グループが解散してから、音沙汰なくて、心配していました、今、何をやっているんですか?」


 今、なにを、か。


 なにもやってないんですよねー。


 どう言おうか悩んだけど、まぁいいやと思って、やけくそ気味に正直に言うことにした。


「実は、まだ何もしてなくて、実家でダラダラとしていて……」


「そうですか、でも、あなたのことだから、きっとすぐにどこかで多くの人を魅了するようなことするんでしょうね」


「そんな、私なんて、全然……アイドルの時も全然目立ってなかったし……」


「そんなことないですよ、あなたは輝いていました、線香花火のように」


「線香花火?」


 その時、どんっと打ち上げ花火が空高く上り、大輪を咲かせた。


 彼はそれを見ながら言う。


「たしかに、あなたはあのような大きな花ではなかったかもしれません、でも、誰よりも一生懸命で、笑顔が素敵で、輝いていました」


「そう、ですかね?」


「そうですよ、私、最初は全然アイドルに興味なんてなかったんです、友人の付き添いで握手会に行って、そこであなたを見たんですけど、たぶんあなたが一番人気なくて、並んでいる人が少なくて、でも、それなのに、あなたは全然暗い顔をせず、笑顔で全員に丁寧に接していて、私、あなたみたいになりたいなってその時、本気でそう思ったんです。それから、あなたのこと、ずっと推しています。今でも」


「今でも? 私、もうアイドルじゃないんですよ」


「アイドルじゃなくても、です。私にとってあなたは永遠の推しです。きっとあなたはどこでも眩しく輝いて、多くの人を笑顔にする、そう思っています」


 それを聞いて、私は今までの自分が恥ずかしくなった。


 なにをぐずぐずしていたんだろう。こんなにも私を推してくれる人がいるっていうのに。


「ありがとうございます、私、これからも頑張ります、だから応援しててください」


 私はファンの方に深く頭を下げた。


 あの人と別れた後、私は喧騒に満ちた公園を出た。


 べつに急ぐ必要はないのだけど、走って家に帰った。


 今日から頑張らなくちゃ。



 そして、一週間後。


 私は着なれないスーツを着ていた。


 どこかおかしくないかな、と洗面所の鏡を見て、チェックする。


「どうしたの、スーツなんか着て?」


 通りがかった母が目を見開いて言う。


「私、今日、面接へ行くんだ」


 採用されるかどうかわからない。


 私の経歴だと落とされる可能性の方が高いだろう。


 でも、落とされても、また次、頑張ればいい。


 アイドルではもうないけど、私は別の場所であの時と同じように、いや、それ以上に輝いてみせる。


 線香花火のように。

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線香花火のようなアイドル 桜森よなが @yoshinosomei

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