第3夜 綿の掛け布団

「ソータは律儀だねえ。気にしなくてよかったのに」


「いや、そういう訳には……」


 翌日の昼間。

 俺はルカの家の掛け布団を打ち直していた。


 あの後、気絶したままの俺を宿屋に連れていくわけにもいかなくなり、結局ルカ達の家に泊めてくれたらしい。


 そして、ここはどうやら、いわゆる「異世界」というやつのようだ。

 

 剣と魔法のファンタジー世界が、まさか実在しているとは思わなかった……。


 ちなみに昨日ルカが持っていた長い棒、コンビニのビニール傘か何かかと思ってたけど、なんと護身用の剣だった。


 だって見ず知らずの外国人が持ってる棒が、まさか剣だなんて思わないじゃん?

 

 エミリアに癒しの魔法で傷を治してもらった時は眼前に広がる衝撃の光景に耐えられなくて気絶したし、目が覚めてからルカにこの世界のことを聞いた時も、それはまあ動揺した。


 正直そのあたりはもうあんまり記憶がない。とにかくパニックになった。

  

 そんな俺を気の毒に思ったのか、ルカとエミリアは暖かいスープとパンを出してくれて、生地や服の商人だというルカが商品の中から手頃な服を見繕ってくれた。


 まさに捨てる神あれば拾う神ありというか、身内よりも他人の方がよっぽど優しかった。

 出会ったのが優しいご夫婦で本当に良かったと思う。

 

 そして、窓の外の村の景色とか、エミリアが家の中で当たり前に使う魔法とかを眺めているうちに、やっぱりこれが現実なんだなあと徐々に腑に落ちてきて、パニックになっていた気持ちも案外だんだん落ち着いてきた。

  

 まあ、元の世界にどうしても戻りたいと思うほどの強い未練が、俺には無かったからかもしれない。


 職も家も金もないのはどっちの世界でも一緒。

 まあ厳密にはあっちの世界には家はあったけど、あれはもう実家とは言えない居心地だったし。


 一周回って開き直りはじめて、親切なルカ達のために今自分にできる恩返しを考えてみたら、皮肉なことに結局「布団」に行き着いた。


 一宿一飯の恩義というわけではないが、何も持っていない俺に出来ることがこれくらいしか思い付かなかった。

 

「よっ……と」


 俺は掛け布団の縫い目の糸を切り、中の綿を取り出して布を敷いた床に広げ、細かいゴミを取り除く。


 ここには店のような機械は無いから、借りた木槌や棒を使ってすべて手作業で打ち、ほぐしていく。

 昔じいちゃんや職人のおっちゃんがやっていた作業の見よう見まねだけれども。


 この先一体どうやって生きていくのか考えはじめると不安に潰されそうになるので、何か作業をしていた方が正直気が紛れるというのもある。現実逃避かもしれないが。

 

 そして庭に出してもらった来客時用の大きなテーブルを清潔な布で拭き、洗って脱水した綿の塊を広げてテーブルの上に干していく。

 たまたま天気のいい日でよかった。


 干す作業を終えてレンガ造りの室内に戻ると、エミリアが魔法で点火した小さな窯で昼食を作ってくれていた。


「あら、終わったの?」


「はい、一応」


 部屋にはキッチンと木製のテーブルや椅子、暖炉の前にロッキングチェア、簡素なベビーベッド。


 奥には寝室があり、俺が昨日休ませてもらったのはさらに奥の客間だ。

 家に客間があるあたり、ルカの家は結構裕福なのかもしれない。

 

 食卓に座っているルカが俺を見て手招きしたので、俺も隣の席に座った。

 

「顔色が良くなってきたね。少し落ち着いてきたかな」


「はい、おかげさまで」

 

「それはよかった。……ソータは、これからどうしたい?」


「どう、したらいいですかね……」


 エミリアが卵料理の皿を俺の前に置いてくれた。

 

「行くあてがないなら、魔法協会に保護してもらったら?」


「魔法協会?」

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