この世界で、君に食べられるなら。

蒼井瑠水

えっ、僕食べられんの?

 気付けば、僕は赤ん坊になっていて、僕を抱える女性の幸せ気な顔が見えた。

 薄汚れた肌にほつれた髪、それになによりボロボロの茶色い服を着ていて、どこか現実感がない。

 これはもしや、転生っていうやつか?

 ……ってことは、なにかしらのチート能力とかすげー世界に生まれたとか、ファンタジックなやつがあるんじゃねーか!!?

 お、おらっ! わくわくすっぞ!!

「あや、あやや、ばふーっ」

 やべ、声帯が赤子の状態だからかバブバブしかいえんぞ……!?

 こういうのはいきなり喋れて、「な、なに!? この子!!」てなる展開じゃねーのか!?

 それに、なんか新しい母上が不潔だし……。

 てかそもそもなんで転生したんだ? 最後残ってる記憶だと確か、んーと……、あっ! そうだ!

 牡蠣弁当食ってなんか急に苦しくなったんだよ! そうだよ!! 確かそうっ!!

 牡蠣だから当たって死んだのか……? もしかして? えっ? そんな簡単に人死ぬの?

 まあ仕方ない。こうなったもんは受け入れていこうじゃあないか。

 僕の異世界無双ライフの始まりだ!!


 ……となる予定だったが、全然そうはいかなかった。そもそも、それ以前の問題だった。

 僕が生まれた世界、この国では食人文化があった。両脚羊と呼ばれる存在がいて、それを育てる文化が。

 食用肉として育てられる両脚羊は、魔力量を多く持って産まれる人間を食用とするため、魔法が存在するこの世界、そしてこの国では人肉を食べる事はポーションを飲むのと同じぐらい魔力の回復が早くなる……らしい。

「こいつら、両脚羊だからって、なにもしないのにメシがでてくるのは羨ましいよなぁ」

「馬鹿言え、魔法使いのポーション代わり、魔力回復の為にしか使われないただの食用肉だぞ? くそくらえだろ」

「それもそうかぁー」

(え? マジで、僕、食われんのか? しかもポーション代わり?)

 行き交う、飼育員? というべきか。

 制服を着た職員から仕入れた情報だ。

 僕は、職員側。……にいたらよかったが、残念ながら、奴らが両脚羊という食用肉側。

 だから、今、僕は牢屋とも言えぬ、飼育小屋に詰め込まれていた。

(なんてこっちゃあああああぁぁぁーーーー!!!)


 いやー、なんてこっちゃ。

 本当に魔法が存在するのか、異世界と呼べる世界に転生したのかは分からないが、生まれ変わったのは確か。

 その証拠に僕の髪が黒髪から明るめの茶髪になっていて周りに収めこまれている人も髪が同じ色。

 なんてこった。ほんっとなんてこっただよ。

 引きニートの家畜みたいな生活からほんとに家畜になってどうすんねん。

 確かに時代とか国自体違うのかとも疑ったけれど、魔法や魔力という単語がちらほら聞こえるんだ。絶対異世界だよ。

 しかもイヤな異世界だよ。帰りたいわ、まったく。……帰る所ないけど。


 生まれ変わって八年、仕入れた情報や今まで見た景色は残酷だった。

 鉄格子ごしから見ると、他にも同じ年代やそれより大きな子供たちがいて、時折めちゃめちゃ派手な服着た人とかが観察にくる。

「イヤー!!! まだ死にたくない! イヤだ! イヤだぁぁ!!!」

「大人しくしろ、苦痛のない様にしてやるから」

「イヤああぁぁぁ!!!」

 きっと買い手なのだろう。貴族みたいな人がきたりすると誰かの生々しい叫び声が聞こえた。

 いつもの恒例みたいに、他の部屋では、誰かが引きずり出される。

 その場で食用処理される訳ではないけど、それだけで、このあとどうなるのか、容易に想像出来た。


(相変わらず、馬小屋を牢屋に改造したみたいな簡単な作りだよな)

 入り口は鉄格子になってるだけで、部屋の中は、寝床みたいな藁が敷き詰められてるだけ。

 壁は簡易に丸太で積んで作ったような括り。あとは、大人がどんなに背伸びしても届かないようなところにガラスのような物でできた窓だけだ。

 他にあるといえば、用を足すのに使う背の低い木箱とか。

 飼育員が、手入れを施さない限り、大便や小便がこびりついてるため、この部屋のルームメイトはみんな、悪臭から離れるように生活している。

(そろそろ取り替えてほしいなぁ)

 溜まりに溜まってきたので、なにがとは言わないが、かなり匂いがきつくなってきた。

 不衛生だし、これが原因で病気になってるものも少なくないだろう。

 

 ルームメイトが用を足してる所は見たくなくても見れるから、異性の子がおしっこしようがなんだろうが、倫理感はゼロ。

 ヤバいエロビデオで見るそれだ。


 こんな悪辣な環境であるから必然だ。

 みんな、死んだ目をしていて、まだ幼い子供は生気が残ってるような、そんな地獄絵図。


「あっ、あっ、いやん、はぅ、あっ」

「ごめん、ごめん、ほんとにごめんッ」

 同じ施設内でも、遠い方。

 多分、この施設の端にあるのだろう。

 女の人が喘ぎ、男がただ自分の行為に悔やむように、懺悔を垂れて、水が弾ける音が聴こえた。

 その水も、いやらしい、ネバつきのありそうなもの。

 あぁ、もうここは人を人と思わないで繁殖させて、食べるために育ててるだけなんだな、と思った。

 こんな倫理観のない場所にいたら、嫌でも飼育員の会話が現実味を帯びる。


 そして八年から、また二年程。

 自分の時間感覚は当てにならない。

 なので、周りの子供たちの身長や大人の飼育員の背丈を自分の身体と比較して、大雑把に年を把握していた。

 そして、あまり愛想のない二十代後半というぐらいの男の飼育員が僕達に食事を持ってきた際、こういった。

「こいつ、売れないのは分かってたけど殺処分か……、手続きがめんどくさいな」

 そう、僕を見ていったのだ。

 ささ、殺処分!?

 はあああぁーっ!?

 僕も大人しく買われるのを待っていたわけではない。ある程度の知識を念頭に貴族様に買われた所を、隙を見て脱出しようと思っていたのに……。

 これはあんまりだろ……。

 他の部屋を眺めてるとたまに脱走を図るものがいるが、すぐに抑え込まれ、繰り返すようなものならすぐにどこかへ連れて行かれた。

 だーかーら、大人しくしてたのに~、もーう!! くそが!!

 食事を置いてそそくさと出ていった飼育員を尻目に、小さくため息をついて木製のトレーに乗ったパンに手を伸ばした。

 すると、

「ねぇ、ゼロ番。さっきのほんとかな? 食べられないで死んじゃうの?」

 そう茶色い長髪をぼさぼさにした生まれた時以来、一緒にいる女の子が言った。

 彼女は〇〇ニと飼育員から呼ばれている女の子。

 ニ番だからにーちゃんと呼んでいる。

「僕の事はいいよ、にーちゃん。君の事を心配するべきだ」

 そう言うと、他のパンを乱暴に噛みちぎっている男の子が口を挟んだ。

「そんな事言うな、ゼロ番。一緒に暮らした仲だろ。こんな所で生まれて食われもせずに死ぬなんてくそくらえだろうが」

 いや、お前の言う通りだけどよ。

 こんな事を言うのは〇〇四と呼ばれる男の子だ。〇〇ニはおっとり臆病みたいな感じだけど、〇〇四は粗雑で乱暴みたいな。いいやつだけど、不器用なやつだ。

 他にも三人いたが、他の子は奴隷として買われたり、子供の肉が好きな物好きに買われていったり、とたまに来る親切な飼育員の女性に聞いた。

 みんな、やっぱり不幸な結末を辿っているけど、僕も僕だな。

 家畜のような生活から家畜になって、食えねえから殺処分か。

 それはそれは素晴らしい人生だ。まったくもって。

 ほんと、ほんと。くそくらえ。

 四番、お前の言う通りくそくらえだよ。こんな人生も、前の人生も。


 それからしばらくしてからだった。あの人が来たのは。

「アストレイア様方、十歳ぐらいをご指名との事でこちらはどうでしょうか」

 そう言って作業服の飼育員が一礼をして僕達のいる部屋に手を向けた。

 ああ、また来た。

 貴族(多分)が来るのは何度も見たが、この部屋に寄るのは四回目だ。

 前来た人は、変態を具現化したような人やデブデブの貴族、魔道士みたいなローブを羽織った男だったけど、今回はご令嬢に王室貴族みたいな赤い服に金の布をあしらったような、なんとご立派なご貴族。

 さて、僕は廃棄処分だからにーちゃんかヨンくんが買われるのかな。

 〇〇四ことヨンくんにもにーちゃんにもお世話になった。彼女達の最後をできるだけしっかり見届けよう。

「はあ、転生してこれか」

 ボソリ、つぶやいて僕、僕らの人生を呪った。

 きっと僕には用はないだろうと、そっぽを向いて壁に体を預けた。

 彼女らが可哀想だから早く決めてやってくれ。

 そう、切実に願った。

「じゃあ、この人ちょうだい?」

「えっ!? いや、この両脚羊は、魔力量も少なくあまり人気ありませんよ!!?」

 ……えっ?

「まったく、私が気に入ったのよ? ほんとはこの部屋の人全員買いたいぐらいだもの」

「そ、それは困ります……! 私たちとしましても育てるのは大変で上流貴族さまでも一匹だけのお買い上げとしております……!!」

 ……なんだ? こいつ。

「じゃあ、文句いいませんこと。私はこの子がいいのよ、お父様も大丈夫でしょう?」

「はぁ、まったく。お前は言ったら聞かないからな」

「わ、分かりました……! ただいまお手続きしますので、とりあえず両脚羊だけアストレイア様方にお渡ししておきます……!」

 ……僕が、喰われるのか?

 ガチャガチャ、ガチャン。

 飼育員が僕に近づき、腕を掴んで引っ張った。

「ほらっ、早く来い!」

「あっ」

 飼育員の険相な表情のあと、すぐに二人の男女の子供の顔が頭に思い浮かんで後ろを振り返る。

「またね」

「頑張れよ」

 二人は笑顔で、にーちゃんは優しい表情で淑やかに佇んでいて、ヨンくんはニカッと笑ってサムズアップしてる。

 何だよ、またねって。また会えるわけじゃないんだよ。

 何だよ、頑張れよって。これから死ぬんだよ。

 二人に、憎悪にも近い感情を植え付けられ、でも最期くらい優しい言葉を掛けてくれる二人に、感謝してしまった。

 また、会おうな、頑張るよ。


「お二人へのお別れは大丈夫? 行くよ」

 そして、この女に食べられるんだ。

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