しだれ桜の下には
磐長怜(いわなが れい)
しだれ桜の下には
――桜。
見事なしだれ桜だ。
花は去年とは別のものであるはずなのに、この樹も確かに老いていくのに、いつでもしだれ桜は美しい。
この世のものとは思えない。
この世のものではないのかもしれない。
昼であろうと、夜であろうと…今ここにはこの桜がおり。
全てがそれで完結するように思われた。
花の気配に、境界のないにじみが
私は飽きずにその下に
足の疲れも知らず、この景色以外を忘れる。
気が向けば、枝先の花に、
分厚い幹に手をあててみることもある。
それでよい。
花が咲く。私は眺めている。
知らぬ間に雨と風が色をさらってしまう。
私は眺めている。
いつまでもこのしだれ桜は美しい。
ざ、と土を踏む音がした。
この気配は。
「今年もいらしたんですか」
いつもこの男は花の時期にやってくる。
私がしだれ桜にうっとりしている間にやってきて、しばらく花を見上げ、幹に触れ、去っていく。
会話もなければ目も合わせない。
ただ、それも仕方があるまい。
このしだれ桜の樹の下では、誰もがその美しさにかしずくのだ。
沈黙こそが敬意。
花びらがいたずらに髪を飾る時も。
「
憎まれ口をききながら、その
むしろ哀しみの色合いで流し見ているように感じる。
はっきり見ることはないけれど、それでもきっぱり「この人だ」と確信しながら。
・・・・・・「この人」?
――いつの間にか、二人、並んでいる。
花びらが降る。
風が吹いたのだろうか。
それとも長いこと、私は
髪といわず、
確かめようと腕をあげた時、
「待たせて悪かった。・・・・・・ずっとここにいたのか、見えなくてすまなかった。私も、肉体の終わりを迎えたよ。君は変わらないね。綺麗なまま」
そう、その人は言った。
そう、そうだ。この人は。私は。
この世界の全てだったはずの桜色がにじむ。別の景色が流れ込む。
すべては私がお願いしたこと。
あなたが私の肉体を壊し、ここに埋めて下さった。
事実はあなたが生きる限り、あなたの精神を
時間が私たちを
満開のしだれ桜の樹の下、私をここに埋めてから
毎年いらしたのは、罪が知れていないことを私に
元凶は私だというのに、どうして今まで…
生きることに耐えられず、あなたにだけ苦しみを押し付けた。
感謝こそすれ、恨むことなど、決してなかった。
長い年月にあなたの記憶が
お待ちしていました。ずっと。
今度こそ、はっきりとあなたの姿が見える。
そう、そうですとも。
このしだれ桜の樹の下で。あなたを。
待っていた、待っていた。
待たせて悪かったなんて、あなた。
「ええ、ちっとも」
そう言って、
しだれ桜の下には 磐長怜(いわなが れい) @syouhenya
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