第2話 ありがとう
来年、大学を卒業するよ。お姉ちゃん。
潜るのが大好きで、毎年この島で一緒に潜ったよね。きっとあの夜に男にひどいことをされそうなのを見かねて助けてくれたんだよね。
盆も明日で終わる。ゾクゾクする夜を本当はお姉ちゃんと迎えたかった。今日は小雨だよ。大雨になって海に行ったらまたお姉ちゃんに会える。
夜は暑いから体はすぐに乾くのを良しとして二階の自室に戻った。大学の課題は動画黎明期に撮られた作品三つのうち一つを鑑賞し、二千文字程度のレポートを書くというものだった。
過去と決別し、新たな一歩を強く踏みしめるこの瞬間は、私の人生を変える分岐点なのかもしれない。
やっぱり企業広告が出るのは面倒だから課金するか。過去は決別出来ないよ。今を生きる方がよほど難しい。忘れたくないよ。お姉ちゃん。
盆の最終日、海は大時化だった。
「祭壇作ったよ」
おばさんと母さんが気を遣って、毎年作ってくれる。ばあちゃんは私が盆に海へ行ってもきつく叱らないのかお姉ちゃんの事あってだ。それでもばあちゃんに後ろめたい私は何度も海へ行って、バレないように家に帰る。
「うん、ありがとう」
位牌とお姉ちゃんが死ぬまでに写ったもの。簡易なもので祭壇というより棚みたいなものだ。それでも作らないと娘が従姉妹の後を追ってしまうと思っている母さんの願いだ。
大学卒業するよ。
もうこどもじゃないよ、大人だよ。帰って来てよ。
もう結婚出来るよ。
母さんたちが反対したら勘当されたら都内の狭いマンションで暮らそうよ。
私、お姉ちゃんがいたら何もいらないよ。
「何もいらないのに、なんで」
毎年、私は涙を流す。嗚咽し、母さんに抱きしめられる。母さんもおばさんもばあちゃんもみんな顔を伏せる。父さんたちも嗚咽している。
ごめんなと私以外の大人は悔いて謝罪をしている。どんなに罪を償ってもお姉ちゃんは戻って来ない。
陰膳をして祭壇の前にみんな並んだ。さすがに喪服とはいかないがお姉ちゃんの亡くなり方が辛いので、みんな明日までは無言だ。
それぞれが夜を抱え、起きた日の一便が観光期間の始まりだ。
「こちらはB島役場です。本日は八月十七日日曜日です」
「今日から二週間弱、働いてもらうよ」
ばあちゃんの言葉にみんな一本締めをした。
「愛里、海辺に行って父さんのテント手伝って」
海辺のテントはとっくに出来上がっているけど、一々連絡をするよりも出て行った方が早いのだ。お姉ちゃん、卒業したらまた会いに来るね。
「愛里、フランク持って行って」
四月一日。
都内に引っ越してまだ一か月も経っていないのに朝が来てしまった。朝の練習はした。
まずは朝六時に起きるが、今日は七時に起きた。
こんな日もある。
トースターでパンを焼く、半面が黒い。
こんな日もある。
その二つ以外はちゃんと出来た。
シャワーも浴びて、化粧もして、夏に焼けた肌は毎年の如く白に戻った。
お姉ちゃん、今日から社会人です。あの夜、あの男から守ってくれてありがとう。そしてごめんなさい。物件はとても狭いです。ユニットバスです。ワンルームで八万だよ。学生マンションの方がまだマシだよ。
きつく結んだ髪と決意は私の一歩を強く後押しした。
行って来ます。
名を呼んでよ ハナビシトモエ @sikasann
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