2‐2.ノーコメント
「ねぇ、イレールさん。リザは、確かに『夜の女神』のモデルを務めたのね?」
「は、はい、そうですが……」
「見たの?」
「え? み、見た、とは、何を」
「リザの裸」
しん、と沈黙が落ちる。
呆然とする僕を、リザさんのお母様は、笑顔で見つめた。
「だってほら、あの絵の女神、どう見ても裸じゃない? まぁ、髪や影で色々と隠しているから、正確には半裸かもしれないけれど。わたくし、ずっと気になっていたの。でもリザは、全然教えてくれないのよ。だからこうして当事者に聞いてみたのだけれど、実際のところ、どうなのかしら? もしそうなのだとしたら、何故そうなったのかしら? イレールさんの指示でリザは脱いだのかしら? どうなのかしら?」
止めどなく紡がれる言葉に、なんて答えればいいのか分からない。
リザさんは、お母様の後ろで、真っ赤な顔を俯かせている。
「……………………ノ……ノーコメントで」
ぎこちなく口角を持ち上げ、それだけ答えた。
リザさんのお母様も、微笑む。
「そう、ノーコメントなの」
「え、えぇ。リザさんが答えていないのならば、僕もお答えするわけにはいきません」
「あら、紳士なのね。でも、それで納得すると思う? わたくし、この子の母親なのだけれど」
「納得して頂くしかありません。僕からは、以上です」
「そう。残念ねぇ」
顎へ指を当て、目を瞬かせる。
「でも、不思議だわぁ」
随分とわざとらしく、語尾が上がった。
「あのね、イレールさん。リザって、ここ、右胸の上辺りに、ほくろがあるのよ」
「へ、へぇー、そうなんですか」
「そうなの。でもね、可笑しいの。だってそうでしょう? この位置にあるほくろなんて、服を脱がなければ分からないもの。
なのに何故、あの『夜の女神』の右胸の上には、ほくろが描き込まれているのかしら? とっても不思議だと思わない?」
ねぇ? と、まるで僕を甚振るかのように、小首を傾げてみせる。
……なんか、変な汗が吹き出してきた……。
リザさんのお母様は、僕をじーっと見つめている。
ついでに、『夜の女神』を眺めていた筈のパウル子爵からも、そこはかとなく視線を感じた。
僕は、込み上げた唾を、ゆっくりと、飲み込む。
「…………………………ノ…………ノーコメント、で」
どうにかそれだけ呟き、無理矢理笑ってみせた。
お母様も、そりゃあもうにっこりと、微笑む。
「そう、これもノーコメントなの」
「え、えぇ。僕の口からは、これ以上何も言えませんので」
「そう。残念だわぁ」
ふぅ、と頬へ手を添えて、肩を竦める。
「じゃあ、仕方がないわね。この件に関しては、諦めるとしましょうか」
その言葉に、僕もリザさんも、ついつい安堵の息を吐いた。
だが。
「でもね、イレールさん」
子爵夫人の笑顔を見て、また体を強張らせる。
「わたくし、思うの。もしも、嫁入り前の娘の裸を、あなたが見ていたとしたら。その時は、責任を取って頂きたいわ、って」
「せ、責任、と、おっしゃいますと……」
「分かるでしょう? お嫁に貰うということよ」
「お……っ!?」
リザさんが、大きく目を見開いた。僕も、衝撃的な言葉に、ぎょっとする。
「まぁ、あくまで、もしもの場合は、という話だから。覚えておいてちょうだいね、イレールさん?」
うふふ、と爆乳を波打たせ、リザさんのお母様は
この場に残された僕は、未だ衝撃の抜け切らない頭で、そーっとリザさんを窺う。
途端、目が合った。
瞬時にお互い顔を背け、明後日の方向を向く。
視界の端で、リザさんがもじもじと身じろいでいた。素晴らしい巨乳も、忙しなく揺らめいている。
その顔は、これでもかと赤く染まっていた。
恐らく、僕も似たような色をしているだろう。
「……あ、あの、リザさん」
「は、はい……何でしょうか?」
「あの……あの件については、誓って、誰にも言いませんので」
「あ……は、はい……」
リザさんは、身じろぎを少々落ち着かせ、長い金髪を指で弄る。
かと思えば、なんとも言えぬ空気を振り払うかの如く、一つ手を叩いた。
「そ、そうですわ。イレールさん、お腹が、空きませんか? こういったパーティでは、食事を取っている暇は、あまりありませんので。特に、本日の主役たるイレールさんは、ずっとお客様のお相手を、されていましたので。で、ですので、その、お腹が空いているのではと、ふと、心配になりまして、はい」
「あ、そ、そう、ですね。空いたかも、しれませんね」
「で、では、何か摘まめるようなものを、用意させますわ。よろしければ、父達と話をしながら、お待ち下さいませ」
「は、はい。ありがとう、ございます」
いえ、とリザさんは会釈をし、僕から離れた。遠ざかる尻を横目に、僕もパウル子爵達の方へつま先を向ける。
「……わたくしは、別に、構いませんのに……」
つと、背後から、そんな呟きが聞こえた。
「え、何ですか? 何が構わないんです?」
「えっ! い、いえっ。ななな、なんでもございませんわっ」
ぎこちなく笑うと、リザさんは素早く顔を反らし、速足で去っていく。
なんだったんだろう、と首を傾げていたら、不意に腹が鳴った。空腹を自覚するや、食べ物のことばかりが頭を巡り始める。口の中に唾も溢れてきた。
リザさんの早い帰りを願いつつ、僕は
煩悩は力なり 沢丸 和希 @sawamaru
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