3.僕が今するべきこと



「はぁー……」



 校舎の壁に凭れ、僕達は座り込む。



「もうさー、勘弁してよトマァー……」

「だってよぉ」

「だってじゃないよ。自分がどれだけ危ない真似をしたか、分かっているの?」

「はぁ、はぁ、そ、そうだよぉ。貴族に、盾突くとか、さぁ、はぁ……もう、僕、トマ君が、あの人の胸倉、掴み上げた時、心臓が、ぎゅーって、なったもぉん」

「う、それは、悪かったけどよぉ」

「悪かったって思うなら、ちゃんと反省してよ。口答えしないでさ」



 じとりとトマを睨む。アンソニーも、汗だくで何度も頷いた。

 僕達二人に責められ、トマは押し黙る。それでも、下唇を突き出して、不貞腐れた顔をしていた。




「……まぁ、さ。トマの気持ちは、嬉しいよ? ありがとうね、僕の為に怒ってくれて。でもさ、そのせいでトマの立場が悪くなるのは、僕も嫌なんだよ」



 膝に腕を乗せ、頬杖を突く。



「今の段階では、誰が犯人なのか、まだ特定されていないでしょ? なのにフェルディナンさんを犯人だって決め付けるのは、いかがなものかと思うのですよ」

「だって」

「うん、分かるよ。怪しいのは、分かる。でも、だから本当に犯人かって聞かれたら、そんなわけはないじゃない。もしかしたら、フェルディナンさんは全然関係なくて、本当に僕の絵がなくなったって知らなかったのかもしれないでしょう?

 それで結局濡れ衣だったと分かったら、今度はトマが責められる番だ。しかも相手は貴族だよ? 平民の僕達に、太刀打ち出来ると思う? 下手したら、退学になる可能性もあり得るんだからね?」



 まぁ、退学なんて絶対にさせないけどさ。



「貴族が黒だって言ったら、白いものも黒くなってしまう場合だってあるじゃない。そういうので、トマが辛い思いをしたらさ、嫌なの、僕は。自分のせいだって、きっと悔やむ。学校にきてトマがいなかったら、つまんないよ」

「……悪ぃ」

「ん」



 トマは深く俯くと、自分の両頬を叩いた。勢い良く顔を上げ、飛び跳ねるようにして立つ。




「よっしゃっ。んじゃあ、さっさと探しに行くかっ」



 おーっ、と拳を突き出す姿に、僕とアンソニーは顔を見合わせ、苦笑する。



「ん? なんだよお前ら。ほらっ、立て立て。そんでイレールの絵、探しに行くぞっ」

「いや、誰のせいで僕達が座り込んでいたと思っているの? ん?」

「そうだよ、トマ君。なのに一人だけ元気とか、ちょっと納得いかないなぁー」



 僕達に挟まれ、潰されるトマ。


「うぎゃあぁぁぁーっ、死ぬぅぅぅーぅっ」


 と悲鳴が聞こえるも、無視。遠慮なく体重を掛けてやった。




 トマがぐったりし始めた頃。なにやら慌ただしい足音が近付いてくる。




「イレールさんっ」



 肩で息をするリザさんが、ご立派な胸を盛大に揺らして現れた。



「あれ、リザさん? どうされたんですか?」

「先程、イレールさんが、フェルディナンさんと口論されていたと、お友達から聞きまして、わたくし、急いで向かったのですが、昇降口に到着した時には、既にいらっしゃらなかったので、それで、探し回りまして」

「あぁ、そうだったんですか。それはすいませんでした。わざわざありがとうございます」



 頭を下げれば、


「いえ」


 とリザさんは首を横へ振る。それから、僕の隣を見た。




 トマ達は、いきなり登場した子爵令嬢に驚いたのか、不自然なほど静かだった。直前までふざけていたのに、今は二人で体をくっ付け、大人しく会釈とかしている。



「あ、申し訳ございません。もしや、お邪魔でしたか?」

「いえ。丁度移動しようと思っていたところなので、大丈夫ですよ。ねぇ?」



 トマとアンソニーは、首を何度も縦に振った。かと思えば、無言でこちらを一瞥してから、互いに目配せし合う。

 その意味ありげな仕草に、なんだ? と眉を顰めると、不意にアンソニーが、小さく手を挙げた。



「あ、じゃあ、イレール君。僕達、先に探してるね」

「あぁ、うん。お願い。僕も後で行くから」

「いやいや。こっちはいいからさ。お前はそのお嬢さんの相手をして差し上げろよ。な?」



 そうして二人は、そそくさと去っていった。

 本当、何なんだろう。綺麗な女の子を前に、緊張でもしているのか?



 ……まぁ、いいや。今は友達の挙動不審さよりも、気になることがあるし。

 僕は、ゆっくりとリザさんに向き直る。




「あの、リザさん。因みに、なんですけど……何故、僕とフェルディナンさんが、昇降口のところで話をしていたのか、とかは、お友達から、聞いていますか?」



 するとリザさんは、


「……えぇ」


 と神妙な面持ちで頷いた。



「コンクールに提出予定だったイレールさんの絵が、美術室から消えてなくなり、そして……その犯人として、フェルディナンさんが疑われているらしい、と」



 僕の顔が、瞬時に強張る。それが分かったのだろう。リザさんは、すぐさま言葉を続けた。



「ですが、フェルディナンさんは否定されていたのですよね? イレールさんも、丁寧に謝っていらっしゃったと伺っています。どうやら食い違いがあったようだと、わたくしのお友達は言っておりましたわ」

「あ、そう、ですか。それは、良かったです」

「ですが……フェルディナンさんが本当に犯人なのではないか、という話も、ちらほらと上がっております」



 僕は、思わず黙り込んだ。

 リザさんも口を閉ざし、気遣わしげに僕を見やる。




「……もし、フェルディナンさんが無実だと分かったら……トマの、僕の友達の立場は、どうなるでしょうか」

「そう、ですわね……フェルディナンさんは、何かおっしゃっていましたか?」

「謝罪は、受け入れてくれました」



 けれど、彼のご両親が抗議してきたら、どうなるだろうか。

 最悪の結果が、頭をよぎる。




「大丈夫ですわ、イレールさん」



 不意に、リザさんが一歩踏み出す。



「子供の喧嘩に親が出てくるなど、可笑しな話です。子供同士の問題は、子供同士で解決すべきだと、わたくしは思います。もし相手が何か仕掛けてきたとしたら、その際は先生に相談致しましょう。こういったいざこざは、過去に何度か起こっていると思われますので。対処法も、きっとご存じですわ」



 僕と目を合わせ、つと、頬を緩ませる。



「ですので、大丈夫ですよ。イレールさんが心配されているような結末には、決してなりません。万が一なったとしても、対抗策はございますわ」

「……対抗策、ですか?」

「えぇ。例えば、下された処分を検討し直して頂けるよう、嘆願書を提出するや、署名運動を行う、現状を新聞に載せて貰う、ストライキを起こすなど、やりようはいくらでもあります」



 口元を手で押さえ、強かに微笑む。



「学生だから、平民だからと、相手の出方に怯え、処罰されるのを待つ必要はございません。わたくし達は戦えるのです。イレールさん。あなたは、お友達の行動は罪だと思いますか?」

「……手を出したのは、問題だと思います。ですがそこには、理由があります。情状酌量の余地はあると、僕は思っています」

「ならば、今あなたがするべきことは何ですか? くるかも分からぬ未来に怯えることでしょうか?」




 ……いや、違う。



 僕が今、するべきことは。




「……消えた僕の絵を、探し出す」




 それが、僕の為に怒ってくれた友達や、探し回ってくれている人達に報いる、最善の方法だ。



 そう断言すれば、リザさんは目と唇を弓なりにした。そして何も言わず、ただ大きく、頷いてくれる。




「わたくしも、微力ながらお手伝いさせて頂きますわ」

「いいんですか?」

「えぇ。なんせ、わたくしが初めてモデルを務めた作品ですもの。このままにはしておけません」

「ありがとうございます。助かります」



 頭を深く下げ、リザさんと共に捜索を再開した。途中でトマ達や、美術部員、先生方とも合流する。情報交換し、また散らばっては、思いつく限りの場所を探した。




 気付けば、空はオレンジ色に変わっていた。遠くの方で、群青色も入り混じる。




 僕の絵は、未だ見つかっていない。



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