10.◆とある男爵は舌打ちをする◆






     ◆   ◆   ◆






 痛々しい鈍音が、鳴り響く。

 ほぼ同時に、勢い良く人が倒れる音も、大きく上がった。



 壁際で控えていたテオドールは、素早く駆け寄る。床に伏せるフェルディナンの体を支えた。




「立て、フェルディナン」



 低く重々しい声に、フェルディナンの体が小さく跳ねる。頬を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。少々赤くなった顔を上げ、目の前に座る父、ドミニク男爵を見る。



「私が何を言いたいのか、分かるか?」

「……はい」

「ならば、しかるべき役目を果たせ。これからも絵を描いていきたいのならばな」

「っ、しかし、父上」

「もう一度言う。しかるべき役目を果たせ。いいな」



 フェルディナンは、唇を噛み締めた。拳も握り込み、俯くように、首を上下に揺らす。



「話は終わりだ。部屋に戻っていい」



 無言でもう一つ首を揺らすと、フェルディナンはきびすを返した。

 足早に去っていくフェルディナンの後を、テオドールは追い掛ける。




「待て」



 しかし、低い声に呼び止められた。反射的に振り返り、姿勢を正す。



「あれの尻拭いは、お前に任せる」

「……かしこまりました」



 深々と頭を下げ、テオドールは出入口へと向かった。




 去っていく子供二人を見送り、ドミニクは、深く息を吐いた。



「……いつまで道化を演じるつもりだ。フェルディナン」



 苦々しく呟くと、小さく舌打ちをした。






     ◆   ◆   ◆





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