6.見世物気分



 昼休みの教室に、トマの舌打ちが響く。目付きを鋭くさせ、廊下の方を睨んだ。



「毎日毎日ウザッてぇなぁ。見世物じゃねぇんだぞ、こっちはよぉ」

「いやいや、トマ君。見世物になってるのは、君じゃなくてイレール君だからね」

「分かってるよアンソニーッ。分かってっけど、なんか俺まで一緒に見られてるみたいで、イライラするんだよなぁ……ちょっくら文句言ってくるわ」

「うん。止めようか、トマ」



 僕は、すかさずトマの肩を掴んだ。



「ああいうのは、放っておくのが一番なんだよ。下手にこっちが何かしたら、余計に助長するか、トマが色々言われちゃうから」

「そうだよ。気持ちは分かるけどさ。いちいち怒ってるくらいなら、こうしてイレール君を取り囲んで、人目から隠してた方がいいんだって」

「でもよぉ、いくら隠したところで、チラッチラチラッチラこっち見てきやがって。そんなに人の不幸が面白いのかっつーの」



 下唇を突き出し、トマは眉を吊り上げる。




「不幸と言えば、不幸かもねぇ。周りが勝手に盛り上がった結果、子爵令嬢を巡って貴族と対決する羽目になったんだし」

「しかもその子爵令嬢は、どう見てもイレール贔屓だっていうのも、またなぁ」

「噂は加速するばかりだよねぇ」

「イレール。お前、呪われてんじゃねぇの?」

「……止めてよ。全然笑えないから」



 溜息を零せば、アンソニーは苦笑いを浮かべた。トマも、元気出せ、とばかりに僕の背中を叩く。



「まぁ、これもコンクールが終わるまでの辛抱だよ、イレール君。だったらいっそ開き直ってさ、いつも通り過ごしたらいいんじゃないかな?」

「そうだそうだ。わざわざ絡んでくる奴がいたら、俺らが盾になってやるからな」

「……アンソニーはさておき、トマは、盾になれるかなぁ」

「なれるよっ。ほらっ、イレール隠せてんだろっ」



 トマは小さな体を一生懸命伸ばして、僕の背中に張り付いてくる。壁というより、ただただ重いだけだけど、気持ちは嬉しいよ。気持ちはね。




「でも、ある意味良かったかもね」

「何が?」

「子爵令嬢が、イレール君贔屓でさ。そのお蔭で、作業場を貸して貰えたんでしょ? 正直、こんな状態で部活に行っても、落ち着いて絵を描いてられなさそうだもん」

「あー、確かになー。流石に俺らも、部活中は盾になれねぇからなぁ」

「美術部の人達にも迷惑が掛かるだろうし、そう考えたら、悪いことばかりでもないのかなぁって」

「まぁ、そこはね。感謝だけどさ」



 しかし正確には、僕を応援して下さっているのはリザさんじゃなく、リザさんのお母様なんだよね。




「でも、別の意味では、問題があるよねぇ」

「子爵令嬢と一緒に馬車で帰る、とかなぁ?」



 二人の視線が、僕へと集まる。



「……言っておくけど、君達が期待しているような甘い展開はないからね。普通に作業場まで送って下さっているだけだから」

「いや、でも、ほら。ちょっとくらいは……な?」

「ないです」



 おいトマ。残念そうな顔をするな。アンソニーも、なんだその顔は。意気地なしと言わんばかりにこっちを見るんじゃない。

 僕は意気地なしなんじゃなくて、紳士なだけだ。そんな、簡単に女性へ手を出すなんて、するわけがないだろう。




 しかし、アンソニーの表情は、変わらない。



 なんか腹が立ってきたので、僕はアンソニーの顎の贅肉を掴んだ。手触り抜群の肉垂にくすいを揉みながら、このささくれ立った心をそっと癒していく。



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