5.こちらはこちらで

 


 それから僕は、学校が終わると、パウル子爵邸へお邪魔するようになった。休日も、午前中はエドゥアール叔父さんのアトリエでモデルを務め、午後からはリザさん宅へと向かう。それも、わざわざ迎えにきて下さった子爵家の馬車に乗って、だ。

 帰りも家まで馬車で送ってくれるし、なんなら夕飯をご馳走になることもあった。



 正直、ちょっと気後れしている。

 いや、ありがたいんだよ? 手厚く支援して下さって、本当にありがたいんだけど、でも、想像以上に手厚かったものだから、こう、気が引けてしまうと言うか、なんと言うか。




「いいじゃねぇの。バックアップしてくれるならして貰えば。それに、上位入賞出来れば、お前の将来約束されたようなもんだぞ? きっと高く売れるだろうなぁ、お前の絵。販売経路は任せとけ。うちの商会が責任を持って担当するからよ。お袋もやる気満々だぞ? 『負けたら許さないわよ、イレール』って、そりゃあもう素敵な笑みを浮かべていらっしゃったわ」



 ギュスターヴ兄さんは、そう言って男らしく笑った。珍しく女装しながら。




「まぁ、イレちゃんなら大丈夫だと思うけど、程々にね。貴族は負かすと面倒だからさ。あんまり派手に立ち回らない方がいいよ。でも、程々には負かしておいで」



 エドゥアール叔父さんは、女装中の兄さんの膝に乗せられた女装中の僕を眺めつつ、そんな無茶をのたまう。



「お姉ちゃんみたいに、負けたら許さないとまでは言わないけどさ。でも、僕も自分の弟子が舐められたままでいるのは、気分が良くないからね。軽ーく足元を掬うくらいはやってもいいと思うんだ」

「だよなぁ、叔父貴。流石はお袋の弟なだけあるわ。平民舐めたらどうなるか、思い知らせてやんなきゃ駄目だよなぁ?」

「うーん、そこまでは言わないけど。あくまで軽ーくね、軽ーく。あ、ギュスちゃん。イレちゃんを軽ーく抱き寄せて貰っていい?」

「はいよ」



 兄さん扮する迫力美人が、僕扮する幼気な少女を、胸元へ引き寄せる。そのまま、愛おしげで耽美な眼差しを、これでもかと注いできた。




「……兄さん。胸詰めすぎ。固い」

「我慢しろ。俺だって、お前の尻で我慢してんだから」

「ちょっと、揉まないでよ。いつものように、サンドリヨンの肉垂にくすいでも触っていればいいでしょう」

「いやー、今は椅子に座ってるからなぁ。サンドリヨンまで手が届かねぇんだわ」



 僕達の足元を、灰色の兎が通過していった。



「ま、兎に角だ。勝て。絶対にな。でなきゃ家から放り出すってお袋が言ってるぞ」

「こんな理由で放り出されるとか、可笑しいと思うんですけど」

「それだけお前に期待してるってことだよ。な、叔父貴?」

「んー、まぁ、実力だけなら、いい勝負が出来ると思うよ。後は、イレちゃんがどれだけやれるかによるかな」

「というわけだ。頑張れよ、イレール」

「いや。だから尻を揉まないでって」



 イラッとしたけど、表情は幼気な少女をキープし続けた。



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