7‐3.叔母の正体
「イレールさん。この度は、本当に申し訳ありません。わたくしのせいで、あなたの立場を悪くしてしまうところでしたわ。叔母を助けて下さったというのに、恩を仇で返すような真似を」
「そんな、仇なんて大げさですよ。そこまで気にしていませんから」
「ですが……フェルディナンさんに色々と言われて、怒っていらっしゃいましたよね?」
「それは、まぁ、そうですけど……でも、本当、気にしないで下さい。大丈夫ですから」
「しかし、イレールさんは何も悪くありませんのに」
「誤解だって、周りの人も分かってくれたと思います。リザさんが、僕の無実を証言して下さっただけで、もう充分ですよ。だから、謝るのはこれで終わりにしましょう。これ以上は、僕も困ってしまいますよ」
「……ありがとうございます、イレールさん」
リザさんは、眉を下げたまま、微笑みを浮かべた。胸元へ手を当てた拍子に、豊満なお胸がたゆんと波打つ。相変わらず凄まじい。
そうして僕達は、リザさんのお父様と会う日程を話し合った。時間と日にちが粗方決まったところで、
「あぁ、そうでしたわ」
制服の上着ポケットから、一通の手紙を取り出した。
「こちら、父経由で叔母から預かったものでございます。イレールさんへのお礼のお手紙だそうです。どうぞお納め下さいませ」
「これはご丁寧にありがとうございます」
手紙を受け取り、会釈をする。
「それでは、先程の日程で良いか、父に確認を取りますわ。変更があった場合は、改めてお話させて頂くと思いますので、よろしくお願い致します」
では、わたくしはこれで、とリザさんは去っていった。僕も立ち上がり、校舎裏へと歩いていく。
その道すがら、貰った手紙を弄びつつ、考える。
リザさんは、あの時僕が助けた人物を、叔母だと言っていた。だがあの方は、女装をした男性だった筈。叔父にはなれど、叔母になれるわけがない。一体どういうことだ?
「……もしかして、僕の勘違いだった、とか?」
あり得る。なんせ、リザさんのお父様も、従姉妹だとおっしゃっているようだし。
でも、ならば何故声を一切発さなかったのだろう。性別がバレる以外で、何か理由でもあったのか?
内心首を捻っていると、野良猫達が見えてきた。尻尾を揺らして、僕に挨拶をしてくれる。ついでに、飯をよこせ、という圧力も掛けてきた。
はいはい、と持ってきた干し肉を、一匹一匹に渡していく。
一心不乱に
便箋には、僕が助けた方からの感謝の気持ちが綴られていた。丁寧なお礼の言葉と、馬車代は必ず返す旨が
『――追伸。恩返し、というほどではございませんが、従兄弟のパウルに、エドゥアール先生への酷評を止めるよう、頼んでおきました。あなた様が他者の悪意に触れず、少しでも過ごしやすくなることを、心より願っております。パメラより』
思わず、ほぅ、と息が零れた。
恐らくあの方は、僕が叔父さんの甥というだけで嫌な思いをした経験がある、という話を聞いたから、パウル子爵に進言して下さったのだろう。酷評する人間が減れば、僕を馬鹿にする相手も減るに違いない、と。
気遣いに、頬が緩む。パメラ、とサインが入っているので、これがあの方のお名前なのだろう。やはり女性だったのか。それを僕が勘違いして、男性だと思い込んでいたんだな。
失礼な真似をしてしまい、大変申し訳ありません。それでも、こうしてわざわざお手紙を下さって、ありがとうございます。流石はリザさんのご親戚だ。人間が出来ている。
とすると、こちらの封筒は、馬車代かな? 必ず返すと手紙にも書かれていたし。
しかし、開けてみたら、出てきたのは馬車代だけではなかった。
もう一枚、折り畳まれた便箋が入っていたのだ。
ん? と目を瞬かせつつ、便箋を開く。どうやら、リザさんのお父様からのようだ。
パメラさんを助けてくれてありがとうということと、立て替えて貰った馬車代を返すということ、そして、お礼をしたいから是非家へ遊びにきて欲しいということが、至極丁寧に書かれていた。
読み進めていく内に、僕の体から、何故か汗が吹き出し始める。
いや、別に、不穏な内容が書かれているわけでも、辛辣な言葉が並んでいるわけでもない。
ただ、パウル子爵の、筆跡がですね。
どう見ても、パメラさんと同じなのですが。
頭をよぎった考えに硬直しながらも、僕は目を動かし続けた。文章を最後まで読んでいく。
だが、追伸までやってきたところで、僕の心は限界を迎えた。
勝手に体は跳ね上がり、引き攣った声が喉から絞り出される。震える指から便箋が滑り落ちるも、拾う余裕はない。
パウル子爵からの追伸に、釘付けとなる。
『――追伸。恩返し、というほどではないが、従姉妹のパメラから、君へ女装の極意を教えてやって欲しいと頼まれたので、承諾することにした。君がモデルとして、真の女性よりも女性らしくなれるよう、僅かながら協力しよう。パウルより』
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