3‐1.草原の天使



 薄暗い部屋の中に、十数名の男性が集まっている。皆一様に真剣な顔で、エドゥアール叔父さんに注目していた。



「……皆様、大変お待たせ致しました。ご依頼の品が、遂に完成しました」



 おぉ、とどこからともなく声が上がる。



「今回のご依頼、大変難しいものでした。画家として、依頼を受けたからには、皆様のご要望に全てお答えする義務があります。けれど、それも今回ばかりは流石に無理だと、私は何度も筆を置きそうになりました。

 しかし、その度に思い出すのです。モデル達の愛らしさ、可憐さを。

 これを描き切れずしてなにが画家だと、自分自身を奮い立たせました。そうして描き直すこと、数十回。ようやくく納得のいくものが出来ましたので、皆様の元へ持って参りました。私の画家人生における最高傑作と言っても過言ではございません」

「おぉ、あのエドゥアール先生にそこまで言わせるとは。これは期待出来ますな」

「全くです。さぁ、早くその至高の作品を、我々に見せて下さいっ」



 叔父さんは、おもむろに頷いてみせると、僕へ目配せした。

 僕は、大きなカンヴァスに掛けておいた布を、ゆっくりと取り払う。



 途端、歓声が湧き起こった。




「こ、これは……っ!」

「素晴らしい……なんて美しいんだ」



 男性達は、まるで引き寄せられるかのように、カンヴァスへと集まる。ある方は感嘆の溜息を吐き、またある方は恍惚の表情を浮かべた。中には、感涙にむせぶ方もいる。



「あぁ、これほどの技術で私の天使を描いてくれただなんて……っ! 流石はエドゥアール先生だっ! あぁ、本当に、なんと言っていいか……っ! 私の語彙力では表現し切れないっ! それくらい感動的だっ!」



 目元を拭い、男性は神に祈るが如く手を組んで、カンヴァスを見上げた。




 その頭には、うさ耳のヘアアクセサリーが付けられている。




 彼だけではない。カンヴァスに群がる方々は、皆色違いのうさ耳を装着していた。中には兎の着ぐるみを着て、完全なる兎になり切っている方もいらっしゃる。




 エドゥアール叔父さんは満足げに微笑むと、どこからともなくうさ耳を取り出した。慣れた手付きで頭にセットするや。



「わぁ、とっても素敵な絵ですねっ。もしかして、依頼していた作品が届いたんですか?」



 何食わぬ顔で、カンヴァスを見つめる皆さんの輪へ加わった。



「あぁ、エドゥぴょんじゃないか。そうなんだ。遂に完成したそうだよ。我々の天使の肖像画が、な」



 そう言って、また熱い眼差しをカンヴァスへ向ける。




 そこには、十数匹の兎が描かれていた。



 毛色も種類も大きさも、全く違う兎達。だが、二つだけ共通点がある。



 一つは、この場に集まる方々が付けているうさ耳のどれかと、同じ毛色、同じ形であること。



 そしてもう一つは、この部屋に、モデルとなった兎達がいるということだ。




「いや、しかし本当に素晴らしい。天使達の魅力を十二分に表しているよ」

「これぞ正に、我ら兎愛好倶楽部『草原の天使』の集会所へ飾るにふさわしい作品だ」



 うんうん、と互いに頷き合う男性達――もとい、兎愛好倶楽部『草原の天使』の会員一同。




 ここは、叔父さんも所属している兎愛好倶楽部の集会所だ。

 今回依頼されていた、会員の皆さんが飼っていらっしゃる兎達の肖像画が完成したので、この度お披露目となったのだが。いやー、想像以上の盛り上がりをみせたわ。あまりのはしゃぎっぷりに、天使と呼ばれる兎達が、部屋の隅へ避難してしまった。それくらいの騒ぎようです。



 因みに、彼らの頭に付いているうさ耳のヘアアクセサリーは、集会所の入口で必ずつけなければならない。



 主催者曰く、


「我々は、兎を愛する同志である。ならば人間世界での立場の差など、この場にはふさわしくない。皆等しく同じ命であり、皆等しく同じ志を持つ者。そう、まるで兎のように気高き草原の民なのだ」


 だそうで、その想いの表れとして、こうしてうさ耳を付け、兎となり、人間界での立場を捨て、また天使達と同じ種族になることで、彼女達をより理解出来るようになる、という見解らしい。

 ありていに言えば、人に迷惑を掛けないタイプの変態の集団だ。



 因みに、僕ももれなくうさ耳を付けております。



 普段から女装とかしているので、特に抵抗はないけれど。でも、じゃあ好きかと言われると、そこまでではない。あくまで必要なら付けますよって程度で、自ら進んではしないかな。言わないけど。




「いやー、レオぴょんのお家のフローラちゃんは、いつ見ても美しいですねぇ。どうしたらこんなに綺麗な毛艶を保てるのか」

「いやいや。エドゥぴょん宅のサンドリヨンちゃんこそ、相変わらず素晴らしい肉垂にくすいで」



 飾られた兎達の絵をご満悦で眺める方々。部屋の隅に行ってしまった兎をあやす方々。玩具で兎と戯れる方々と、兎人間達は、自由に寛いでいる。

 この光景を見る度、地位の高い人ほど妙な性癖がある、という言葉をしみじみと実感した。



 こんな変態じみた格好をしているけれど、実はここにいる倶楽部会員は、王侯貴族や富裕層、政治家、高名な学者など、社会的地位が高く、普通ではまず知り合えない方々ばかりなのだ。叔父さんだって、今をときめく売れっ子艶絵師なわけだし。大した肩書がないのは僕くらいだ。



 でも、一番年下だからこそ、皆さんからはわりと可愛がって頂いている。嬉しい反面、高校の入学祝に兎の着ぐるみをプレゼントされた時は、どうしようかと思った。いや、笑顔で受け取りましたけどね。普段から女装をしている僕にとって、着ぐるみなんぞ大して抵抗感もないし。



 ただし、自ら進んでは着ない。絶対に。言わないけど。




「ミケぴょん」



 そんな僕が進んで着ない着ぐるみを進んで着ているミケぴょんは、この倶楽部の主催者だ。兎愛に溢れすぎた結果、倶楽部を作って同志を募り、また『兎になる』という規律を作った、迷惑を掛けないタイプの変態集団の筆頭である。



 断じて、画家エドゥアールのパトロンである、ミケランジェロ侯爵ではない。



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