第4章

1.付き纏っているらしい



「イレール君。君、例の子爵令嬢に付き纏ってるらしいよ」



 登校したら、いきなりアンソニーからそう切り出された。




「……え? 付き纏っているって、なに。というか、え? らしいよって、なに?」

「そういう噂が、最近じんわり漂ってるんだよね。平民クラスのイレールという男子生徒が、不相応にも子爵令嬢に懸想し、付き纏ってるって」

「……それ、男爵子息のフェルディナンさんの間違いじゃない?」

「だよねぇ。やっぱりそう思うよねぇ」



 アンソニーは、恰好を崩して苦笑する。



「僕だけじゃなくて、うちの学校に通ってる生徒は、ほとんど噂を信じてないんじゃないかな? 僕が聞いた時も、冗談というか、どうしてそうなったの? っていう感じで、笑いながら喋ってたし」

「まぁ、所詮噂なんてそんなものだよね」



 馬鹿馬鹿しい話ほど無責任に広まるのは、まぁ、不思議でもないけれど。



 でも、ちょっと可笑しいな、と思わなくもない。




「あ、そうだ。可笑しいと言えばさ、その噂の出所が、実は――」



 と、教室の扉が、勢い良く開いた。

 次いで、小さな体が飛び込んでくる。



「おいっ、聞いたかイレールッ!? あの男爵子息っ、お前の悪口言いふらしてるらしいぞっ! 自分が見向きもされないからって、逆恨みでデマ流してんだっ!」



 トマが、猿みたいに顔を真っ赤にして、腕を振り回した。



「――と、いうような噂も、流れてるんだよって、僕は言いたかったんだ」



 アンソニーは、半笑いを浮かべる。僕も、似たような表情となった。




「トマ君。それね、ただの噂だから。皆、イレール君の変な噂を聞いて、面白可笑しく憶測してるだけだから」

「そんなの分かんねぇだろうっ? もしかしたら、本当にあいつの仕業かもしれねぇじゃねぇかっ!」

「例えそうだったとしても、相手の教室に乗り込んだりしないでよ? 下手したら、退学とかあり得るんだからね?」

「でもよぉっ!」

「いいよ、トマ。ありがとう、怒ってくれて。でも、僕は大丈夫だから。皆が誤解だって分かってくれているなら、それでいいからさ」



 今にも飛び出していってしまいそうなトマの背中を擦る。

 トマは、下唇を突き出して唸った。けれど、前のめりだった体は、元の位置へと戻る。




「でも、それはそれとして、気を付けてねイレール君。誤解だって分かってない人達も、それなりにいるみたいだから。特に、学校外の人とかはさ」

「あぁ、まぁ、そうかもね」

「流石に絡んでくるような人はいないと思うけど、用心の意味も込めて、しばらくは出来るだけ誰かと一緒にいた方がいいんじゃないかな。ねぇ、トマ君?」

「そうだなっ、アンソニーッ。よしっ」



 と、トマは、僕にくっ付いてきた。


「これで大丈夫だなっ」


 と得意満面で言ってくるもんだから、ついつい頬が緩んでしまう。気分はまるで、子猿に抱き着かれた母猿だ。アンソニーも、なんとも温かな眼差しでトマを見守っている。



 そうして、そういう意味じゃない、と誰一人ツッコむことなく、本日の授業を終えた。



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