4‐2.平民の流儀



「しかものぅ。よくよく調べてみたら、その依頼主達は、どうやら男爵家の人間に指示されて、うちに絵を依頼してるようなのじゃ」

「……それは、本当なの、兄さん?」

「勿論じゃとも。どうもその男爵家の人間はのぅ、あの高名なエドゥアール先生の絵を、平民価格で手に入れては、こっそり貴族達に売り捌いとるらしい。それも、貴族価格でな」

「おや、それは困るねぇ。転売目的での購入もそうだけれど、そもそも爵位持ちの方は、ミケランジェロ侯爵を経由してご注文頂かないと」

「だがのぅ、エドゥアール先生。納得はいかなくとも、自分が買った絵を他人に売る、という行為自体は、罪に問われるものではないのじゃ。例え、エドゥアール先生の絵が不自然に男爵家へ集まってたとしても、たまたまだと言われてしまえばそれまでよ。貴族価格での転売もまたしかり。なんせ相手は、爵位持ちだからのぅ。平民のわしらでは、到底太刀打ち出来んのじゃよ」

「うーん、なんというか、アカデミー会員ともあろうお方のすることとは思えないねぇ」

「いやいや、まだドミニク男爵が関わってるかまでは、分かってないのじゃ。あくまであの家の、というだけで、もしかしたら奥さんかもしれんし、もしかしたら息子さんかもしれん。なんなら、使用人の誰かだっていう可能性もある」

「なんにせよ、貴族側の人間が関わっているんだね。同時に、僕達が太刀打ち出来ない事実は変わらないと」

「まぁのぅ。だが、全く手がないわけではないのじゃよ?」

「というと? ギュスちゃん」

「わしら平民は、貴族に勝てん。だが言ってしまえば、平民相手ならば、いくらでも戦いようがある。そして、フラゴナール商会に絵の依頼をしてくるのは、間違いなく平民じゃ。つまり、そこを突くわけじゃな」

「ふんふん、成程ねぇ」

「突くって、具体的には? というか、兄さん。いい加減そのキャラ止めたら? 喋っていて面倒じゃないの?」

「正直、面倒。もっと早く突っ込んでくれて良かったぜ、イレール?」

「あっそ。それで、具体的には?」

「単純に、こっちはお前達のやってるせこい商売を、ぜーんぶ分かってますよーって言外にお伝えするわけよ。

 最近こういうことがありましてねー、こちらも困ってるんですよー、もし犯人が断定出来たら、然るべき対応をさせて頂く予定ですー、ってな。相手の顔を、じーっと見つめながら、お前の話だぞ? って念を、これでもかと送ってやんの。ついでに、そんな恥知らずな真似をする貴族は、例えアカデミー会員だったとしても、すぐさま除名されるでしょうねー、とかも言ってやってさ。そうすりゃ、流石に相手もビビるだろ。ビビらなかったら、そいつはただの馬鹿だな。馬鹿を野放しにしちゃ危ねぇから、さくっとミケランジェロ侯爵にチクって、お仕置きして貰わねぇと」



 だからよ、とギュスターヴ兄さんは、口角を持ち上げた。




「男爵如きの脅しに負ける必要はねぇぞ、イレール」




 僕は、思わず目を丸くする。



「こっちは向こうの弱味握ってんだ。万が一お前に危害を加えるつもりなら、すぐさま詐欺罪で家ごとぶっ潰してやるよ。なんなら、今までの絵の代金、貴族価格で計算し直してから請求してやる。とんでもねぇ額になるぞ? 金策に走り回る姿が目に浮かぶな」



 兄さんは、それはそれは厭らしい笑みを浮かべた。その隣で、エドゥアール叔父さんもいい笑顔をしている。



「なら僕は、その人達の依頼をとことん後回しにしようかな。ほら、僕って売れっ子だから、とっても忙しいんだよねぇ」

「お、いいじゃんそれ。ついでに、依頼受けるとこから渋ってやろうか。『いやー、そういう変態性の強い依頼、うちのエドゥアールは受けませんのでー』とか言って」

「いいねいいね、どんどん断っちゃおう。もしごねるようなら、僕を呼び出してくれて構わないよ。画家当人が拒否したのなら、流石に相手も引っ込むでしょう。どうせなら、横流しする人がいてー、僕今とっても傷付いていてー、描く気力がないんですー、とか言っちゃおうかな」

「やっちまえやっちまえ。依頼主、きっと真っ青になるぞぉ?」



 悪どい笑みで顔を見合わせると、二人は僕を仰いだ。




「ま、そういうわけだから、安心しな、イレール」

「そうそう。うちの可愛い甥っ子に、手出しなんかさせないからね」

「……ありがとう、ギュスターヴ兄さん、エドゥアール叔父さん」

「お礼なら、モデルで払って貰おうか」

「素敵な蔑み笑顔、こっちにお願いしまーす」



 おどけたように口角を持ち上げる二人。僕もふと微笑み、ご希望通りの素敵な蔑み笑顔で見下ろしてやった。

 途端、


「おぉぉー」


 と感嘆の声が二つ上がる。

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