6‐2.小さくても男



「リザさんからお聞きしたのですが、パウル子爵は、季節やイベントに合わせてコレクションルームの模様替えをするそうですね」

「はい。つい先日も、作品を入れ替えました。今回のテーマは、幻想世界の住民です。僕も、作品選びを、お手伝いしました」

「そうなんですか。因みに、ペーターさんはどの作品を選ばれたんですか?」

「ドラゴンが空を飛んでいるものと、ユニコーンと女の子が描かれたものです」

「あぁ、ヤン・ピエールとジョルジョ先生が描かれた作品ですね。僕もあの二つは、とても素晴らしいと思いました。特にユニコーンと少女の絵は、毛並みや体の質感があまりにリアルで、今にも動き出しそうだと驚きました」



 それに、処女好きというユニコーンの変態性も、僕はとっても大好きです。




「……あの、イレールさん」

「なんですか?」



 もじもじと体を揺らすペーターさんを、見下ろした。



「お姉様から聞いたのですが、イレールさんは、とても猫を描くのが、お上手だそうですね」

「いえ、自分などまだまだです。ですが、そうですね。部活中は、学校にいる野良猫をよく描いていますよ」



 持っていたスケッチブックを捲り、ペーターさんへ向ける。



「うわぁ……」



 目を輝かせながら、顔を近付けた。スケッチブックを差し出せば、テーブルの端に乗せて、ページを捲っていく。新たな猫が現れる度、感嘆の声を上げたり、唇を綻ばせたりした。




「ペーターさんは、動物が好きなんですか?」

「はい。大きくなったら、自分のペットを飼いたいと思っています」

「どんな子にするかは、もう決めているんですか?」

「いえ、まだ考え中です。ですが、犬や猫は、飼わないと決めています」

「あれ、そうなんですか? もしかして、アレルギーか何かをお持ちで?」

「いいえ、そういうわけではありません。ただ、お父様から聞いたのです。昔飼っていた猫が、少し目を離した隙に、お父様のコレクションへ悪戯をしたのだと。それから我が家では、何も飼わなくなったそうです」

「あー、成程。でしたら、確かに犬や猫は難しいかもしれませんね。また事故が起こっては困りますし」

「はい。なので、今から色々と考えていま……」



 つと、ペーターさんの声が、不自然に途切れた。スケッチブックのとある一点を、見つめている。



 なんだ? と覗き込もうとしたら。




「あっ」



 小さな体を割り込ませ、僕の視界からスケッチブックを隠した。




「い、色々と、考えて、いるのです」



 今まで一度も浮かべていなかった笑顔を、こちらへと向ける。しかも、完全に誤魔化し笑い。




 ……怪しい。




「ぼ、僕としては、モルモットはどうだろうかと、思っているのです」

「……ほーぅ、そうですか」

「モルモットは、ネズミで、でも、僕の掌よりも、大きいです。毛も、ふさふさしています。檻の中で飼えるようなので、良いかなと、思います」



 僕の目を遮るよう前のめりになりながら、スケッチブックを捲るペーターさん。その頭上から、さり気なく内容を窺う僕。



「散歩もしますが、犬のように、外を歩き回る必要は、ありません。せいぜい、部屋の中を歩く程度です。それも、長くなくて良いそうです。食べ物も、野菜や草、水があれば、大丈夫だそうです」



 チラッチラッと視線が向かう先は、デカデカと描かれた猫、ではない。ならば一体何を見ているのか?

 ペーターさんの話に相槌を打ちつつ、目と首を気付かれないよう動かし続ける。




 すると、不意に、とある絵が見えた。



 瞬間、僕は理解する。




「ペーターさん」



 ぴくりと、小ぶりな肩が揺れる。でも僕は気付かないふりをして、鞄の中へ手を入れた。



「兎は好きですか?」

「う、兎、ですか? あ、はい、好きです」

「そうですか。なら、こちらはどうでしょう?」



 青い表紙のスケッチブックを取り出し、目的のページを開く。




 途端、ペーターさんの意識が、一気に画面へ吸い込まれた。




 やっぱりそうか。




「これは、叔父が飼っている兎です。名前は、サンドリヨン。灰色の毛が綺麗な女の子です」



 ペーターさんへ差し出した画面には、腹ばいになっているサンドリヨンが描かれていた。



「この、顎の下、丁度首の部分に、襟巻のように肉が溜まっているでしょう? これは肉垂にくすいと言って、成熟した雌の兎に見られる特徴なんです。触るととても気持ちいいんですよ。プヨプヨして、毛並みもふわふわで」



 まるでクッションに顎を乗せているかの如く、肉垂に埋もれるサンドリヨンを指す。



「最初は、何かの病気かと思ったんです。でもサンドリヨンを譲渡して下さったミケランジェロ侯爵に聞いたところ、『この肉垂は、彼女が一人前のレディになった証だよ』と笑っていらしたので、とても安心したのを覚えています」



 なのでギュスターヴ兄さんは、


「つまり、人間で言うとこのおっぱいだな」


 とよく触っている。

 僕も、度々マッサージに見せ掛けて、優しく揉ませて頂いています。




 しかし、僕の話など聞こえていないのか、ペーターさんは微動だにしない。



 サンドリヨンが描かれたページの反対側を、只管見つめている。




 そこには、僕が昨日模写した裸の女神がいた。




「なので、ペーターさん」



 僕の顔は、自ずと和らぐ。



「もしよろしければ、この子と会ってみませんか?」

「……え?」

「若干怒りっぽいところはありますが、嫌がることをしなければ大丈夫です。人と遊ぶのも好きな子ですので、動物がお好きなペーターさんなら、すぐに仲良くなれると思います」



 それに、と僕は、おもむろにスケッチブック上へ手を滑らせる。



「僕、普段からこのような絵を、よく練習で描いているんです」

「え……こ、このような、絵を?」

「えぇ、このような絵を」



 含みを持たせつつ、スケッチブックに添えた指で、分かりやすく画面を叩く。



 勿論、兎の絵ではない方を。




「もし興味があるようでしたら、そちらも合わせて、ご覧になりませんか?」



 しばしの無言が流れる。ペーターさんは、スケッチブックを見つめたまま、俯いた。



 やがて、小さな頭が、動く。

 耳まで真っ赤にしながら、上下へと。



 僕の唇は、勝手に弧を描いていった。胸に温かな気持ちも広がる。




 こんなに小さくても、やっぱり男なんだなぁ。



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