5.◆とある子爵令嬢は抗議する◆
◆ ◆ ◆
「お母様。一体どういうおつもりですか?」
リザの口から、図らずとも刺々しい声が出た。貴族令嬢として失格だと思う反面、この場には母親と庭師しかいない、と開き直り、不満を隠そうとしない。
「あら、どういうつもりって?」
「その恰好ですわ。先程お会いした際は、ごく普通のワンピースを着ていたではありませんか」
「娘の恩人をおもてなしするのよ? ホストとして、またあなたの母として、多少のおめかしは必要でしょう?」
「ならば、もっとふさわしい服装があった筈です。なのに、そのように胸を出したりして……イレールさんも困っていらっしゃいましたわ。気を遣われたのか、極力お母様を見ないようにもされて……わたくし、もう恥ずかしくて仕方がありませんでした」
「あらあら、そうなの。それはごめんなさいね」
悪びれる風もなく、オランピアは微笑む。ついでに、大きな胸をこれみよがしに寄せてみせた。
リザの眉間へ、一層皺が刻まれる。
「そんな顔しないの。折角の美人が台無しだわ」
「そうさせているのは、どこのどなただと思っていらっしゃるのですか」
「もう、睨まなくたっていいじゃない。わたくしも、流石にやりすぎたかなと反省はしているのよ? けれど、これも母の愛なの」
と、リザの頭を撫でる。
「娘に変な虫が付かないか、親ならば誰だって心配するわ。特にあなたは、わたくしに似て豊かな体型をしているからね。娘時分に嫌な思いを沢山してきた身としては、余計に気を揉んでしまうのよ」
「……お母様のお気遣いは、大変ありがたく存じます。ですが、イレールさんは違いますわ」
「えぇ、そのようね」
オランピアは、先程のイレールを思い出し、口角を持ち上げる。流石に一瞬面食らったようだが、その後は落ち着きを取り戻し、オランピアが何をしようと、一切胸元を見なかった。
リザの胸も、同じく盗み見ることなく、コレクションルームに飾られた作品や、庭に植えられた木や花、学校でのリザの様子などを、和やかに交わすのみ。
「わたくし、あの方ならば良いと思うわ」
オランピアは顎へ指を当て、微笑んだ。
「教養もあるようだし、頭の方も悪くない。あなたとの相性も良さそうだわ。まぁ、少々理性的すぎるというか、あの年頃で胸の一つも覗き見しない辺りに、多少の不安はあるけれど。でも、そこはリザ。あなたの腕の見せどころよ。折角わたくし譲りの立派なものを持っているのですから、ここぞとばかりに使ってやりなさい。わたくしも、そうやってお父様を篭絡したのよ」
「えっと……なんのお話でしょうか?」
「なんのって、分かっている癖に。ボーイフレンドを連れてきたということは、つまりそういうことなのでしょう?」
「ボ……ッ!?」
リザの顔が、一気に赤くなる。
「ご、誤解ですわ、お母様。わたくしとイレールさんは、そのような間柄ではございません」
「あら、まだ付き合っていなかったの? なら頑張りなさい。大丈夫。わたくしの見た限り、脈はあるわよ」
「で、ですから、違うのですっ。早とちりなさらないで下さいませっ」
「でもあなた、ここのところ、ずーっとイレールさんのお話ばかりしているわよ? もうペーターが焼きもちを焼くぐらい。自覚している?」
「た、たまたまですっ。本日イレールさんをお招きするので、たまたまイレールさんの話題が増えてしまっただけですっ。もうっ」
顔を真っ赤にして怒る娘を、オランピアは微笑ましげに見守った。
「あなたがそこまで言うのなら、じゃあ、そういうことにしておきましょうか」
「しておくも何も、そもそもお母様の勘違いですわっ」
「でも、わたくし、わりと本気で良いと思うのだけれど。将来有望そうだし」
「そうですか。それはよろしかったですわね」
ふんっ、とそっぽを向き、わざとらしく花選びに集中するリザ。その肌はまだまだ赤く、オランピアは喉をころころと鳴らした。
◆ ◆ ◆
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