私もVTuberにハマってしまってつらい

 深夜、寝る前のスマホ時間。

 特に目的もなく動画サイトを開いた私は、適当におすすめ動画をスクロールしていた。


(なんか面白そうなのないかな……)


 そんなとき、ふと目に入ったサムネイル。

 黒髪ロングで制服姿の清楚な少女――VTuberの姿。


 タイトルは、こうだった。


『【DIY】応援してくれるゴミ箱を作ってみた』


「……は?」

 思わず二度見する。


(いやいや、どういうこと?)


 気になりすぎて、私は無意識のうちに再生ボタンを押していた。


 ◇


「みなさん、こんにちは。桐崎恋です」

「突然ですが、ゴミを捨てるのって、ちょっと面倒ですよね」

「私は面倒です」


 淡々と言い切った。


「ならば、捨てるたびに褒めてくれるゴミ箱を作れば、片付けが楽しくなるのではないでしょうか」

「ということで、本日は“世界一応援してくれるゴミ箱”を作ります」


 ◆


 次のシーンでは、ホームセンターの映像。


「材料を買いに来ました」

「まず必要なのは、普通のゴミ箱です」


 映るのは、ごく普通のプラスチック製のゴミ箱。


「問題は、どうやって応援させるか……」

「今回は、人感センサー付き音声再生装置を使います」


 彼女が手に取ったのは、センサーのついた小型スピーカー。


「これ、近くを人が通ると音が出る装置なんですけど、ゴミ箱の中に仕込めば、ゴミを捨てたときに反応するはずです」

「あとは、この装置に応援メッセージを録音して、ゴミ箱にセットすれば完成ですね」


 ◆


 場面が変わり、今度は作業机の上。


「では、音声を録音します」

 小型スピーカーに向かって話し始めた。


「すごい。天才。片付けの神」

「レア演出も入れておきます。10回に1回くらい鳴る仕様にします」


 手際よく設定を終えた彼女は、ゴミ箱の内側にセンサー付きスピーカーを固定する。


「これで完成です」


 ◆


「では、試作品をテストします」


 完成したのは、一見普通のゴミ箱。

 しかし、ゴミを落とした瞬間――。


「すごい。天才。片付けの神」


 恋は真顔のまま頷いた。

「いいですね」


 ◆


 実験は続く。


 ティッシュを落とせば、「いいぞ。君は世界を変えられる」。

 紙くずを落とせば、「偉すぎる。よく頑張ったね」。


 さらに、10回目のゴミが入ると――。

「おめでとうございます」の声と同時にクラッカー音が鳴り響く。


「レア演出が出ましたね。いい感じです」


 声がちょっとうれしそうだ。


 ◆


「では、このまま実際に生活で使ってみましょう」


【1時間後】

『君は最高。もっと捨てて』

「意外と悪くないんじゃないですかこれ」


【3時間後】

『やったね最高好き好き大好き超愛してる』

「ちょっとうるさいですね」


【6時間後】

 パァン!『おめでとうございます』

「もう静かにしてほしいですね」


 ◆


 画面がフェードアウトし、恋の締めの言葉。


「結論。ゴミ箱は、普通でいい」


 ◇


 動画が終わると、私は無言でコメント欄を開いた。


『行動力がやばすぎて草』

『地味に欲しい』

『レア演出の確率高すぎて笑う』


 うん、みんな同じことを思っているらしい。


(ていうか、この人、何者なんだ……?)


 私はスマホから目を離し、ふと考える。

 こんなバカみたいな企画に、無駄な技術と情熱をかける人間。


(……また、別の動画も見てみるか)


 そう思った瞬間――私はもう、沼に片足を突っ込んでいたのかもしれない。


 ◇


 気が付けば私は夢中になって過去動画を漁っていた。


 何だ、この人。


 最初はただのネタ動画だと思っていた。

 けれど、初期から最新に至るまで、桐崎恋の動画はどれも「今やりたいことを全力でやってみる」というスタンスが一貫している。


(……すごいな)


 彼女は、バカなことを本気でやっているだけじゃない。

 行動力がある。思いついたことを即実行し、形にする力がある。


 私は、これまでVTuberを「ネットの世界のキャラクター」としか見ていなかった。


 でも、桐崎恋という存在は、ただのキャラクターではなく、本当にやりたいことを自由にやっている人間なのかもしれない。


(こういうの、ちょっと……憧れるな)


 私は真希にLINEを送る。

「ねえ、桐崎恋って知ってる?」


 送って数秒で、即返信が来た。

『当たり前でしょ!』


 いや、そんな即答されるとは。


『界隈で知らない人はいないよ! アイデアがすごいし、ファンも多い』


(やっぱり知ってたか……)

 さすが、VTuberオタクの真希。


 でも、こんな感じで「推しの布教」をするのは、私にとっては初めてだった。


『推しができて良かったね!』


 真希からのLINEを見て、私は少し笑ってしまった。

 なんだろう。そう言われるとちょっと照れる。


 ◇


 それから数日、私は暇があれば桐崎恋の動画を観るようになっていた。


『一日一回くじ引きを引いて、出た食材だけで一週間過ごす生活』


『使われなくなった昭和の家電を、無理やり現代で活用するチャレンジ』


『自動で拍手してくれるロボットハンドを作って、自分を褒め続ける生活』


 どの動画も、発想が異常だし、無駄に手間がかかっている。いわゆる「誰得」。

 なのに、どこか惹きつけられるのは、やはり彼女自身の行動力ゆえだろう。


 気付けば私は、桐崎恋に尊敬のような、憧れのような気持ちを抱くようになっていた。


 ◇


 いつものように動画サイトを開くと、桐崎恋は珍しくライブ配信をやっているようだった。


『好きな曲をただ歌うだけの配信』


(え……?)

 今まで彼女の動画には、歌要素なんてなかった。


 なのに、いきなりの「歌ってみた」。


 私は迷わず、再生した。


 ◇


 ちょうど次の曲が始まるところのようだった。

 聴いたことのないイントロに続いて、恋が歌いだした。


 ……え?

 あの桐崎恋が、まるで別人のように可愛らしい声で歌っている。


 まず、普通に下手だった。

 音程が少し不安定で、リズムも怪しい。


 けれど、それ以上に――。

 想像もしていなかった「普通の女の子っぽさ」に、私は思わず聞き入ってしまった。


 普段、変なことばかりやっている彼女が、今は不器用ながらも懸命に歌っている。

 いつもの冷静な彼女ではなく、ただ好きな曲を楽しそうに歌う彼女がそこにいた。


(やばい、なんか……きゅんとした)


 スマホを持つ手に力が入る。

 私はそのまま、真希へ冗談っぽくLINEを送った。


「やばい、恋ちゃんが歌配信やってるんだけど歌声めちゃくちゃ可愛すぎる! ガチ恋勢になっちゃったかも!」


 数分後、既読がついた。


 しばらく返事がなかったが、やがて短い返信が届く。


『そうなんだ!』

 その言葉は、どこか素っ気なかった。


(あれ……?)


 いつもの真希なら、「わかる」「やばい」「最高」「尊い」などとテンション高く同意してくるはずなのに。


(なんか、微妙な反応……?)


 違和感を抱えたまま、私は桐崎恋の配信を聞いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る