折れても繋げられる-4

 放課後、私は昨日と同じようにバーンと美術準備室の扉を開け、同じように呆れた顔の真田くんの顔を見ることになった。


「また先に行ったな!」


「別に1人で先に行ってもいいでしょうが……女子か」


「女子だよ!」


 やっぱり女子だと思われていない節を感じざるを得ない。


「ほら、お弁当持って来たからさっさと食べよう。あれ、なんでヤカンでお湯作ってるの?」


「スープを飲もうと思って」


 確かにお湯があればスープがあると食事らしくなる。お湯が沸いたらインスタントのスープとお湯を紙コップに注ぐ。いい匂いが漂う。オニオンスープだ。


「じゃあお弁当、はい」


 私は彼の分のタッパーを真田くんに渡す。蓋を開けて真田くんが驚く。


「焼きそば弁当、しかも茶色い」


「一部赤でしょ」


「ウインナーね。唐揚げに焼き肉にウインナーなんてどんなお弁当だ」


「男子の弁当ぽいでしょ」


 私は自分のお弁当箱も開ける。


「焼きそば弁当だけど僕のとおかずが違う!」


 ミートボールにキウイに温野菜をトッピングしてある。


「焼きそば弁当でも女子ですから」


「男子の概念に偏見を感じる」


 そんなことをブツブツ言いつつも真田くんはお弁当を食べ始め、平らげてくれた。温かいスープがいい。口の中をリセットしてくれる。暑い中でも、温かい物があるといいこともある。


「ごちそうさまでした」


「いただきますはなかったけど、それで良しとしましょう」


 真田くんはいちいちうるさいな、という顔をする。


 そのタイミングで美術準備室の扉が開いた。


「よう、進行はどんな感じ?」


 南さんが様子を見に来たのだった。そして彼女は気まずそうな顔をして扉を閉めた。


「違う! 違うってば!」


 私は扉まで行って開けると、まだ彼女は前に立っていた。


「ホントに邪魔してない?」


「してないしてない」


「お昼一緒にしてるなんて思わなかった」


「お礼がてらにお弁当を作ってきたんだってば」


「そういうことにしておこう」


 南さんは遠慮がちに美術準備室に入る。


 真田くんは作業台の上を片付け、クロスを上に乗せる。


「くっついた?」


 南さんは恐る恐るクロスを見る。まだ養生中だからくっついたかどうか彼女が知る術はない。


「くっついたのは間違いない」


 真田くんはバイスを取り外し、結束バンドを切り、ラップを剥いで、接合部分を南さんに見せた後、クロスを思いっきり振った。


「おお! くっついてる!」


「でも接着だけじゃ安全性が確保できないので次の作業です」


 真田くんは電動ドリルを棚から取り出し、太めのドリル刃を取り付ける。


「何するの?」


 私が聞くと真田くんは丸い木の棒を取り出した。添え木にしていたものだが、短くカットしてある。


「ドリルで斜めに穴を開けて、その穴にこの棒を入れて接着して、接合部を繋ぐ」


「念入りだね」


 私は感心する。


「ラクロスは激しいスポーツだと聞いているからね」


 接合部をつなぐように穴を開けるには角度が大切だ。両方を貫通させる必要がある。


「苦労してくれててありがとうね」


 南さんが真田くんに言う。


「いや。時間はかかるけど大した作業じゃないよ」


 真田くんにとっては本当にそうなのだろう。角度を検討してシャフトに鉛筆で印をつけて、作業台の万力にクロスを固定する。


「ドリル刃の角度と鉛筆で印をつけた角度が合っているか見てくれない?」


「わかった」


 私は目線と万力で固定されたクロスの高さを合わせ、水平に見るように気を付ける。


 真田くんが電動ドリルを手にして、角度を探り、私がそこ、と指定したところで、彼はグリップを握り込み、一気に穴を開けた。


「ふう、緊張した」


「そうだよねえ。やり直しきかないもんね」


 真田くんは穴の中をのぞき込み、1度、丸い棒を入れようとしたが、やや穴の方が小さいようで、丸い棒をカッターで削って調整し、穴に接着剤を入れた。そしてプラスチックハンマーで丸い棒をたたき込み、奥まで入ったところで止める。そしてまだ出ているところを糸ノコギリでカットした。


「これで強度的には大丈夫かと思うんだけど、負荷がどっちからかかるか分からないので、更に固定する。でもそれはホゾが接着された後かな。今日はこれから整形する」


「整形?」


「接着剤がはみ出たり、接合部のささくれたところをきれいにして、凹凸も解消する。なるべくきれいな方が塗装もうまくいくからね」


「へえ~~」


 私と南さんはハモってしまった。


「いい感じでくっついていて安心したよ」


 南さんは安堵の表情を見せた。


「うん。任せて」


「氷川さんに言われてしまった」


 真田くんは苦笑した。


 南さんは部活に行き、私たちは作業を続ける。


「私でもできる?」


「うん。丁寧にやってくれる?」


「もちろん」


 真田くんはデザインナイフと紙やすりを用意して作業台に置いた。


「はみ出た接着剤を削って、ホゾのまだ出ているところとシャフトの局面を合わせるように削って、最後に粗くでいいから紙やすりしてくれる?」


「がんばる」


 私は思わず笑ってしまい、真田くんは何故か顔を背けた。悪いことでも言ってしまったのだろうか。心当たりはないのだが、ちょっと気になる。


 私はデザインナイフを手に、固まっている強力木工用ボンドのはみ出た部分を丁寧に削っていく。ちょっとだけシャフトの表面も削ってしまったが、南さんには許して欲しいと思う。次にホゾにした木の棒の切り落とせなかった部分を削る。デザインナイフの切れ味がいいのでさくさく削れる。気持ちがいい。真田くんは心配そうに私の作業を見守っていた。そんなに心配しなくてもいいのに。


「怪我しないでね」


「そっちか」


 確かに私は刃物をこういう風には使い慣れていない。使ってせいぜい包丁だ。


「どうかな?」


 私はクロスを真田くんに手渡す。自分では割ときれいに削れたと思うのだが、どうだろう。真田くんは作業した部分をなめるように見た後、言った。


「じゃあ紙やすりできれいにしようか」


「わかった」


 私は手の内に戻ってきたクロスに紙やすりをかけ、その日の作業を終えた。


「明日はどんな作業があるの?」


「うん。ちょっとやったことのないことをしてみる」


 真田くんは透明なパッケージに入った黒いテープを1巻取り出した。


「このテープ、濡らすと数分で硬化するんだ。広報動画じゃ折れたバットにこれで巻いただけで打撃に使っていたから、保険には十分だと思う」


「なるほどー こんなのがあったんだね」


 私は感心する。


「DIYの世界は奥が深いんだよ」


 まったくだ、と私は思う。


 私は去り際に真田くんに聞いた。


「明日もお弁当作ってこようか」


「断る理由はないけどリクエストはある」


「なに?」


「別に僕に合わせてお弁当を作る必要はないよ。余計な手間でしょう」


「大したことないけど、それが君のご希望ならそうするよ」


 私は嬉しくなって顔面の表情筋が緩むのが分かった。私のお弁当は割とお気に召したらしい。迷惑に思われていないようなのも嬉しい。


 私は小さく手を振って美術準備室を後にした。

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