折れても繋げられる-2
「ありがとう」
「ん? 僕に言う?」
「だって二つ返事で快諾してくれたよ」
「たいした修理じゃないし。まあ1000円くらいかな」
「算出早い」
「接合するだけならもっと安いんだけどね」
真田くんはまたヤカンを火にかけた。どんだけコーヒー飲むんだ。この男は。真田くんは私の方を見ずに会話を続ける。
「別に氷川さんが手伝うことないよ」
「いやだって、原因は私だから少しでも手伝いたいよ。できることなら自分で直したいくらいだし。そうでないと大切にしていた……クロス、だっけ、を壊してまで犯人を捕まえてくれた南さんに申し訳ないよ」
「氷川さんらしい」
「そうかな。当たり前だと思うけどな」
真田くんはお湯が沸いたのでコーヒーをドリップする。
「――氷川さんは、南さんが言ったことを気にしないでね」
「彼女が言ったこと?」
私には思い当たる言葉を思い出せない。
「……邪魔かって聞いたこと」
「なんだ。そんなことか。まあ男子と女子が一緒にいれば、そうかもって1度は疑ってかかった方が無難だし。実際気にしてないよ」
「陽キャの言い分だ」
「そっかな」
真田くんが何を気にしているのか、私には分からない。彼は紙コップに淹れたコーヒーを口にして、おどおどしながら私を見る。
「気にされて、今の関係が変わるの、残念だから」
「2学期の中間テストも任せたまえよ。なんなら夏休みに柚乃を紹介するよ。ああ、例の私にプレゼントをくれた子ね。彼女、スポーツ推薦で進学したから、部活で忙しくてなかなか会えないんだよ。あ、紹介とか言っても文字通り紹介するだけだからね。彼女にどうとかじゃないから」
「……そうなんだ……」
「なんなら海にでも一緒に行っちゃう? ……高身長女子2人の間に入るのは男子としてはイヤかい?」
「からかわないでよ」
「そうかな。いい案だと思ったんだけどな。ま、私はちょっと油断してるけど柚乃はバリバリ体育会系だからスレンダーでメッチャかっこいい身体してるよ」
今回のお礼に同年代女子の水着姿はいい案だと思ったのだけど。
「勉強を教えてくれただけで十分だよ」
「それはそれで君が成績に目を向けてくれて嬉しい」
「早いうちからやった方があとで楽かなと思えるようになりました」
ふふ、と私は笑う。少しは私のおせっかいが役に立っているようだ。
「それでさ、今日やる作業って?」
「まず折れたところをくっつけてみようってこと」
真田くんは作業台の上のラクロスのクロスに目を向けた。ポッキリ折れているわけではない。割とささくれだって折れてしまっている。擬音なら『メシャっ』といったところだ。真田君は2つに別れてしまったクロスを両手で持つと、なるべくまっすぐになるようにヘッド部とシャフト部をくっつける。私はその様子を彼の背中越しに見る。
「おお、思ったよりはくっつくな」
尖ったところ同士が重なって、一応まっすぐにはなる。しかし、折れたときの衝撃のためか、歪んでしまって最後まで入りきらない感じだ。真田くんは奥まで入ってきっちり接合するためだろう、割れ目の奥の方をデザインカッターできれいにしていく。少し削ってはまた繋げる、の繰り返しだ。
「地味な作業だね」
「ここは丁寧にしておかないと。接着時にどうのこうのできないから」
「すまんねえ」
「僕が好きでやってることだから」
真田くんは真剣そのものだ。背後の私を振り返ることがない。
「邪魔だったら帰るよ」
「意外と気にしいなんだね」
真田くんは微かに微笑みながら振り返る。
「意外とはなんだ。こんなに心配りをいつもしているというのに」
「そうですか。すみませんね」
真田くんはポーカーフェイスで私に向き直った。修理することも誰かに恩を売るというわけではなく、本当に自分のためになると思ってやっている様子だ。人の楽しみは人の数だけあるんだなと思う。自分だったら何かを直すことなんて面倒くさくてやりたくないことだ。しかも他人の物。責任なんて絶対に持てない。しかし彼には知識と腕に自信があるのだろう。なんでも引き受けてしまうに違いない。私が知っているだけでも靴と私のアクセサリー。そしてこのラクロスのクロス。先生にも何か貸しを作ったらしいから何か直したのだろう。
いい感じで歪んだり曲がって障害になっていた部分を削り出せたらしい。手ではなんとかまっすぐにくっついた。接合部分の隙間はあるが、埋められる程度の欠損だ。
「おお。すごい~~」
私は拍手して真田くんの仕事を賞賛する。
「そこの霧吹きで水を拭きかけてくれるかな」
真田くんはクロスを両手で繋いだまま、顎で窓際に置いてある霧吹きを指示した。
「やっと私の仕事だ」
「もうちょっと手伝って貰えることがあるよ」
真田くんに指示されるまでもなく、私は折れてしまった箇所の周囲に霧吹きでミストを吹きかける。ミストはシャフトにつくと水滴になり、下の方を持つ真田くんの手まで伝ってしまう。
「ごめん。濡らしちゃった」
「いいのいいの。そこの引き出し開けて」
真田くんは作業台の下にある薄い引き出しを顎で示し、私が開けると続けた。
「何本か丸い棒があるでしょう。それをひとつかみ」
「おう」
私がその、お箸ほどの丸い棒を両の手のひらで掴めるくらいの量をとると真田くんは笑った。
「そんなに使わない。この棒を当て木にするから1本ずつ僕に持たせて」
「あいよ」
そして真田くんが持っている手のひらの隙間とシャフトの間に丸い棒を挿していく。15本ほどでぐるりと1周する。
「そして結束バンドで巻いちゃって」
「わかった」
結束バンドも引き出しに入っていた。私は丸い棒の上から結束バンドを巻き、思いっきり締めるそれを計3カ所。
「これで衝撃で歪んだ部分が戻ると期待したい」
「そういうことか。今後の展望なんかを教えてくれると嬉しいんだけど」
「最後まで付き合う気?」
真田くんは訝しげな顔をした。
「不思議?」
「ううん。確認。明日は強力木工用ボンドで接着。今日と同じように固定して、その上からバイスを噛まして強力に圧着する予定」
なるほど。バイスってなんだろう。梅酢のことではないだろうな、たぶん。
「うん。わかった」
「接着剤が硬化したら剥がして、様子を見る」
「それは明後日だね」
「そうなるだろうね。そうしたらまた説明する」
「りょーかい」
「本日はここまでです」
私は頷いた。
美術準備室をあとにする。廊下は暑い。まだ真田くんは残るつもりなのだろう。普段、彼が美術準備室で何をしているのか私は知らない。今度聞いてみようと思う。美術部だから普通に何かを作るか絵を描いているのかもしれないけど、そういうのはあまり想像できない。今度聞いてみようと思った。
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