夜明けの運命-さだめ-~アルカーナ王国物語 はじまりの朝~

🐉東雲 晴加🏔️

夜明けの運命-さだめ-




 吐く息の白さが薄れ、やっと長い冬の終わりが見えてきたな、とリュカは思った。


 キリリと空は未だ澄みわたり、星の瞬きは鮮明で闇夜の中に暖かさはまだ感じられない。

 けれど、あの金の星が瞬くのを見るのは嫌いではなかった。




「リュカ様、こちらにおられましたか」


 夜警の当番である青年が物見台に登ってきて、ずいぶん長いこと自分がここにいたのだと気がつく。


「もうすぐ春とはいえ夜はまだ冷えますね。そろそろお休みになられて下さい」


 何をしておられたのですか? と問われてリュカは再び空を見上げた。


「……星を。やっと雪解けしそうなんだ。長かったな、と思うと感慨深くてね」

 

 リュカがあることでずっと心を痛めている事を知っている青年は遠慮がちに尋ねた。


「……雪解け、ですか? お父上はなんと」


 その声色から青年が心配して言ってくれていることが解る。長い間、あの子に対して皆が良い感情を持っていないのだとリュカも思っていた。

 けれどきっと、どう声をかけていいものか解らないだけの者も多かったのだろうなと思う。


「あの子に謝る……と言っていた。夜明けが来たら、あの子の世界も変わるだろうね」


 妹の笑顔を思い浮かべると寒さで強張った頬が緩んだ。


 夜に瞬く金の星が夜明けの太陽に変わるまで、あと少し……。

 微笑むリュカの顔を見て、青年は我が一族も新たな時代に入っていくのだろうな、とリュカと一緒に空を見上げた。


 


 ✦✧✦✧✦✧✦✧   ✦✧✦✧✦✧✦✧



 

 こつこつと小さく窓を叩く音の方を見ると、ダイニングテーブルの側の窓を小さな金色の鳥がくちばしでつついている。

 居間のテーブルで執事が淹れてくれた紅茶を飲んでいたこの家の主人は、カップを置き燃えるような赤毛を揺らして小鳥のいる窓を少し開けた。

 金の小鳥は人に慣れた様子で窓の隙間から部屋に入るとちょこんと彼の手の上に乗り、その姿をふわりと金色の封蝋が押された手紙に変えた。


「……」


 手紙の封を解き中身を確認する。中に書かれていたのは、彼の小さな主からの可愛らしいお願いと遥か遠い北の地の名。


「ノールフォール……」


 赤毛の青年は手紙の文字を指でそっとなぞる。手紙からは、冬の終わりの緑の香りがした。


「ガヴィ様、どうかされましたか?」


 後ろからかけられた控えめな声に、赤毛の青年は菫色の瞳を細めて不敵に笑った。


「御主人様からのお呼び出しだ。これを飲んだら出立する」


 かしこまりました、と出かける準備に下がっていった有能な執事の背を見送り、もう一度手紙に視線を落とし呟く。


「承知した。朝一でそちらに向かう」


 手紙は再び金の小鳥に姿を変えると、自ら窓の隙間をすり抜け空の彼方に羽ばたいていった。

 先月よりずいぶん早くなった東の空の明るさに目を細める。


「まだ寒いのかね、あの土地は」

 


 日は巡る。人の思惑などお構いなしに。

 日は昇る。哀しみも喜びも等しくその上に。


 変わらず繰り返されるその輝きがすべてを照らす。


 

 これからの運命を、今はまだ、誰も知らない。


 

 一枚多めに着込むかなと、赤毛の青年は紅茶を一気に飲み干して席を立った。





 ❖【改稿版】アルカーナ王国物語~赤毛の剣士と夜明けの狼~へ続く❖

https://kakuyomu.jp/works/16818622170116351598


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