問うな、ただ踊れ

Bamse_TKE

オアシスの酒場にて

 君は今、長い旅の途中とあるオアシスに立ち寄っている。髪の黒い東洋人の君にはやや場違いな砂漠のオアシス、君はそのそばにある小さな街の酒場で疲れた体を癒そうとしていた。この砂漠は東西の文化が行き交うことから、多種多様な人種そして文化が入り混じって存在する。その東西交流の街道を繋ぐ要所であるオアシス、だから東洋人の君がいても誰も気に留めることは無い。


「失礼。」


 酒場のカウンターに立っている君の横に誰かが立ったようだ。明らかに文化圏の違う若い女性の言葉、これが君に理解できるのは君が通商として持っている異能スキルのおかげだ。君はどこの国のどんな人と話しても、言葉を理解し意思を伝えられる、そんな異能スキルを君は持っているから。


 君は隣に立った美しい異国情緒に溢れた美女に見惚れる。そしてその香しき特有の香りに心を奪われる。君は鼻の下を伸ばしながら彼女とお近づきになれないかとたくらむ。すると君は背後から野太い声による警告を聞くことになる。


「賢人はかく語りき、君が深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている。」


 君は驚いて声のするほうを振り向く。しかしそこには壁のように大きな胸板があるだけだ。そして君は見上げるような大男がいるのにようやく気付く。大男は続けた。


「君が美女の香りを感じるとき時、美女もまた君の匂いを感じている。」


 君ははっとしたような表情で美女のほうに向き直る。美女は明らかに不快そうに表情を歪めている。当然だ。君は故郷からの長旅で一度も入浴していないのだから。そして美女の不快感を敏感に汲み取った彼女の護衛達が君を取り囲み始めた。そう、この酒場は言ってみれば無法地帯、若い女性が一人でふらりと現れることなど有り得ないのだ。


「有り金を全て置いていけ。命だけは助けてやろう。」


 酒場から連れ出された君は数人の、いや数体と言ったほうが良いかも知れない。人間と同じように二本の足で立ってはいるが頭は蜥蜴、いわゆる蜥蜴人リザードマンに取り囲まれていた。彼らは背丈こそ君と同じくらいだが、その体はうろこに覆われており、君が護身用に持ってきた守り刀など歯が立たないだろう。さらに彼らはそれぞれが槍や湾曲した片刃の剣で武装しているのだから、君には万が一にも勝ち目はない。君はようやくあの美女の目的に気付く。美女に近寄ってきた愚か者に因縁をつけて身ぐるみを剥ぐ、美人局であったことに。絶体絶命の君、天を仰いだその時に先ほどの野太い声がした。


「賢人はかく語りき、悪とはなにか、弱さから生ずるすべてのものである。」


 振り返った君は見上げるような大男が後ろに立っているのを見る。その男は顔の半分を覆い、髪の毛と繋がるような立派な髭を蓄え、洋服と同じ模様が成された半球体の帽子を被っている。そして上半身を覆うスカートのような長い上着と、足首だけが露出するズボンを履いているが、その服装の中からそれを破らんばかり鍛え上げられた筋肉が君を驚かせる。そして大男の背中にはこれまた巨大が寝具、つまりは布団が丸まって背負われているのに君は気付いた。


 いつの間にか大男は蜥蜴人リザードマン数人と君の間に割入っていた。どうやら君の代わりに蜥蜴人リザードマンと相対してくれるようだ。


「あの。」


 君は思わず大男に声をかけた。すると大男は振り向いて言った。


「私のことは拝火者パールシーと呼ぶがよい。」


 拝火者パールシーと名乗った大男は改めて蜥蜴人リザードマンたちに向き直った。蜥蜴人リザードマンは五人だが、その上背は巨躯を隠そうともしない拝火者パールシーの半分ほどしかなく、武装を持たない拝火者パールシーでも簡単に蜥蜴人リザードマンを蹴散らしてくれるだろうと君は期待する。


「邪魔だてをするな、何者だ?」


 蜥蜴人リザードマンたちが拝火者パールシーの巨体に問いかけた。だが拝火者パールシーがこの問いを理解できるか、君は不安だった。何故なら多文化の言葉を理解する異能スキルは君たち通商しか持っていないことが多いのだから。すると拝火者パールシーはその言葉を理解したのか、していないのか深々と頷きながら言った。


「問うな、ただ踊れ。」


 おそらく蜥蜴人リザードマンたちは通じていないこの言葉が、蜥蜴人リザードマンたちには宣戦布告として伝わったようだ。蜥蜴人リザードマンたちがじりじりと歩を詰めるのを拝火者パールシーの後ろで見つめる君。その時、拝火者パールシーが頭を地面にこすりつけんばかりに体を折り曲げ、その鍛え抜かれた左足は天高く振り上げられた。呆気にとられた蜥蜴人リザードマンたちであったが、左手に槍を持った蜥蜴人リザードマンが我に帰ったように、拝火者パールシーのさかさまになった胴体を突き刺そうとした。しかし拝火者パールシーにその攻撃は当たらない、舞うが如くに、いや本当に舞踏ダンスの動きで蜥蜴人リザードマンを躱す拝火者パールシー。君はその素晴らしい体術に惚れ惚れとする。


 そして君はあることに気付く。拝火者パールシーの動きが早く美しくなっていくのにつれて、蜥蜴人リザードマンたちの動きが少しずつ遅くなっていく。君はもう一つの異能スキル鑑定眼アプレイザーを使う。君は通商として取引する物の値打ちや隠された価値を知ることが出来る異能スキル鑑定眼アプレイザーを使うことが出来る。そして君の異能スキル拝火者パールシーが使う異能スキルの正体を看破した。拝火者パールシー舞踏ダンスを舞うと、少しずつではあるが鑑定眼アプレイザーでしか見えない糸が蜥蜴人リザードマンたちの身体に絡まりついていく。拝火者パールシー異能スキル舞踏ダンスによる身体拘束術であったのだ。君は思わずつぶやく。


「その逞しい体でぶちのめしたほうが早いんじゃね?」


 気が付けば舞踏ダンスによって体の自由を完全に奪われた蜥蜴人リザードマンたちが地面に転がっており、それを尻目に拝火者パールシーはその場を後にした。


「助けてくれてありがとうございます。どちらへ。」


 君は拝火者パールシーの背中に呼びかけた。拝火者パールシーは振り向くことなく、君に手を振る。


「賢人はかく語りき、眠ることを誇り、眠らぬことを恥ずかしく思うがよい。」


 そう言うと天下無双の武闘家ならぬ舞踏家は、その逞しい姿を砂漠の中に消した。おそらくはあの巨大な布団で睡眠をとるために。君はその姿を追わずにはいられなくなっていた。

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問うな、ただ踊れ Bamse_TKE @Bamse_the_knight-errant

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