【第1部完結!全61話】STARGAZER 〜星を見つめるもの〜

hiko

プロローグ 夜空の観測者

──すべての存在は、試されている。


静寂に包まれた漆黒の宇宙。

その闇を裂くように、無数の閃光が奔った。

重力を持たぬ虚空に、咆哮は届かずとも、怒りと憎しみは確かに響き合っていた。

艦砲が放たれ、閃光が閃き、爆発が銀河を彩る。

咲き誇るのは、命の終焉を告げる火の花。

膨大な数の戦艦が、互いの存在を否定するかのように火線を交え、消耗の果てに沈んでいく。


ここは、銀河の戦場。

遥かなる歴史の中で、幾度も名を変えてきた宙域。

だが、今はただ、連邦と帝国──銀河を二分する二大勢力が衝突する、血と鉄の最前線として知られていた。

この光景は、単なる戦争ではない。

それは、信念と信念が激突する、ひとつの“意思”の応酬であり、

かつて幾億の生命が託してきた未来の形すら、ここで塗り替えられようとしている。

だが、その全てをただ“観る”だけの存在があった。

いかなる旗も纏わず、どの勢力にも属さず。

ただ、静かに宙を漂い、戦場の全てをその黒い瞳に刻む──銀白の髪を持つ、一人の少女。


セラフィナ。


彼女は、この戦争とは無関係だった。

……少なくとも、表面上は。

重力すら届かぬ場所で、時の流れを拒むかのように浮かぶその姿は、まるで時代を超えた幻影のようだった。

艦砲の閃光が瞬くたび、白磁のような肌が微かに照らされる。

漆黒の瞳が映すのは、砕けて消える戦艦、爆発に引き裂かれる惑星の地表、そして


──人間たちが繰り返す終わりなき憎悪。


彼女はそれらすべてを記録していた。

一切の感情を交えず、冷ややかに。

宇宙にただひとり存在する観測者として、過去、現在、そして未来を見届ける者として。

けれども、その観測に、ふと揺らぎが生まれた。

胸の奥に、針の先で突かれたような小さな違和感。

感情とは程遠い“それ”は、しかし確かに彼女を惑わせた。


──この光景を、私は……かつて、どこかで見たことがある。


脳裏に、霞のような記憶が立ち上る。

焦げた空。崩れ落ちる都市。

焼け跡に座り込んだ、幼い少年たち。

すすで汚れたその瞳が、静かにこちらを見つめていた。

何も言わず、ただ、真っ直ぐに。

それは、観測の対象ではなかった。

観測される側と、目が合った――そんな感覚だった。


「……また、こうなるのか。」


誰にも聞こえないはずの囁きが、真空の宇宙に溶けていく。

その直後。

目の前の空間で、ひとつの戦艦が閃光と共に崩れ落ちた。

火球が弾け、数千トンの金属が破片となって虚空に舞う。

そのうちの一片が、音もなく、少女の頬をかすめた。


──人間の作った武器に、私は傷つかない。


それは理解している。

だが、頬に触れたその一瞬の衝撃は、異質な感覚を残した。

まるで、触れてはならない“何か”が、そこに介在していたような――。

少女は、そっと胸元に手を添えた。

指先が触れたのは、鼓動のない静かな身体。

しかしその奥で、確かに“変化”が芽生えているのを、彼女は感じ取っていた。

何かが動き出している。


いや──変わってしまったのかもしれない。

この宇宙に、微かに波紋が生じたことを、彼女だけが知っている。

やがて、戦場の最奥。

その焦点とも言える位置に、二つの存在が交錯しようとしていた。


レイヴン・アークライト。


戦場を冷静に見つめる戦略家。

連邦の軍人であり、智によって未来を切り拓こうとする者。


シグヴァルド・アストリア。


力と信念をもって突き進む、帝国の猛将。

その剣は、何者にも屈せぬ意志を宿し、ただ前だけを見つめている。

ふたりの道は、交わるべくして交わる。

彼らはまだ知らない。


己の幼き日に、銀河の果てから見守る“眼差し”があったことを。

そして、その眼差しの主が、やがて彼らの未来を揺るがす存在となることを。

銀河の静寂の中。

少女はただ、星を見つめていた。

その瞳に映るものこそが──


この先、銀河の運命を決定づける“鍵”となるとも知らずに。

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