百合営業なんてしたくない!

@soybeans0926

百合営業なんてしたくない!

 アイドルというのは嘘をつく職業だ。

 昔はそれこそドキュメンタリー番組や映画で舞台の裏側を見せる事も無く、努力してる姿は表では決して見せずに、ステージの上の輝きで人々を照らす職業だった。

 作られたイメージ、求められるキャラクター、そこに居るのは人間ではなくスターという偶像。それがいつしか手が届く存在になってしまった。

 違う世界の住民から同じ世界に生きる人へ。求められるのは崇拝ではなく共感へ。汗と涙を流してオーディションを受ける姿、レッスンを受ける姿、仲間との衝突が全てエンタメとして消費され、その姿をファンは楽しむ。時と共にアイドルの形は変わっていき、見せる嘘の形もまた変わった。


「はい、オッケーです。撮影お疲れ様でしたー」

「「ありがとうございました!」」

 カメラマンさんに頭を下げた私と深雪 みゆきの声が重なる。今日の仕事は私、河嶋希望 かわしまのぞみ十森深雪ともりみゆき の二人だけでの雑誌表紙撮影だった。私たち二人はアイドルオーディション番組で一緒になり、一次審査の時に同じグループで仲良くなった。私は身長150cm、深雪は170cmある事でやたら身長差のある二人がいつも一緒に居ると見ている人の間で話題になり、その反響もあってか二人ともオーディションに合格。ĉielarkoチエルアルコ の三期メンバーとして活動を開始し、そして今でも『のぞみゆ』としてこうして仕事が来る。まぁ、所謂百合営業ってやつだ。まったく、私と深雪はそんなんじゃないのに。


「はー、今日も疲れたー……」

「ほんまやねぇ……うち膝ガクガクやわ」

「ごめんね、いつも深雪に負担かけちゃって」

「ええんよ、のぞちゃんが謝る事とちゃうから」

 楽屋に戻って二人で大きくため息をつく。身長差のある二人の撮影というのは実はかなりしんどい。今日撮影した表紙に使われるものは二人が顔を近づけているツーショット写真だが、私は台の上に乗って、深雪は少しかがんだ状態で何分間も我慢して何十枚と写真を撮る。小さな台の上では少しポーズを変えるのも一苦労で、今日も最後の方は足を踏み外すかと思った。

「さて、アップしてた写真の反応は……結構コメント来てるね」

 今日の撮影前に私のSNSに載せた二人でハグしている写真(撮影:マネージャー)にはすでに数百件のコメントが来ていた。

『雑誌の表紙おめでとう! 絶対買う!』

『のぞみゆたすかる』

『これで明日も生きられます』

『この二人の間に流れてる空気吸ってたら肺がん治った』

 とまぁこんな感じのコメントが並ぶのがいつもの事なのだが、今日は少し毛色の違う一件のコメントが目についた。

『どうせこれも百合営業だろ』

 昨今はアイドルの結婚報告なども好意的な見られ方をする事が増えてきたけれど、未だにアイドルには恋愛禁止の風潮が強く残っており、特に男性とのツーショット写真をあげようものなら大炎上間違いなし。そして不仲説が囁かれやすい事もあり、とても仲がいいメンバーと二人セットで露出を増やす事で男性の影も匂わせず、仲がいいグループであるアピールも出来るという戦略。それが百合営業というものなのだけれど。


「私と深雪は本当に付き合ってるんだけどな……」

 深雪の出会いは十年前に遡る。私の父方の実家が三重県にあり、夏休みの間はそちらへ行く事が多かった。親戚の集まりで羽目を外して酔っぱらって騒いでいるおじさんや父が嫌になって、誰にも言わずに一人で散歩に出て迷子になってしまった私に声をかけてくれた女の子が深雪だった。凄く優しくて、背が高くて、綺麗で、アイドルが好きなんだって教えてくれた憧れのお姉さん。それ以降は田舎の方に帰っても一度も会う事は出来ず、もう一度会いたいと思った私がとった手段はアイドルのオーディションを受ける事だった。私がアイドルになればお姉さんが気付いてくれるかもしれない! なんて馬鹿で不純な動機だろう。

 そうして受けたオーディションで再会した時に実は深雪の方が年下だったと判明し、あの時は本当に驚いた。その後、私から猛アピールして「深雪との繋がりはもう二度と失くしたくない、ずっと会いたかった!」という想いに深雪も応えてくれて付き合いはじめたはいいのだが、アイドルになってしまったせいで未だファンに見せる姿以上の所へは進めずに居る。営業ではなくガチだったとバレた場合のダメージもそれはそれで存在する。めんどくさい。だが私はともかく深雪は本当にアイドルに憧れていたので、彼女の夢の邪魔は出来ない。そう思ってはいる。いるのだが。


 いや、無理じゃない? ずっと好きだった女の子とハグしたり、ほっぺくっつけたりを日常的にしてるのに、仕事だからこれ以上はダメですよってねぇ。そんなのあんまりじゃないですか。

「あ゛ぁ゛~!何がどうせこれも百合営業だよ何も分かってない癖によぉ。私だってキスしたい。普通の恋人みたいにデートしたい。外で手繋いで歩きたい。ファンの目線とか週刊誌とか気にしたくない。えっちもしたぃぃぃぃぃ」

「のぞちゃん、そんなはしたない事言わんの」

「なんでよぉ。深雪だって普通の恋人みたいにしたくないの?」

「それはにおる限り無理やと思てるかな」

「それはどっちの意味?」

「両方」

 アイドルで居る限り、同性である限り、普通の恋人として振舞う事が世間から認められる事は難しい。深雪はそう言っている訳だけど。

「はぁ……今すぐ世界の方が変わって欲しい」

「今すぐは無理でもうちらがアイドル辞める頃には世間の風潮も変わってるかもしれへんよ。ね、のぞちゃん。十年待てたんやからあとおんなじくらい待てるよね?」

 そう言って私のアイドルは天使のような顔で悪魔みたいに笑う。どうやら彼女がアイドルを辞めるまでは私たちはこれ以上先には進めなさそうです。

 神様、私が何をしたって言うんですか。あーもう拷問だよこんなの。いつまで私は自分の気持ちに蓋をして嘘をつき続ければいいの。

 ほんっと百合営業なんてしたくない!

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