貧乏だから悪役の令嬢を演じることになったけど、演じることよりも彼らと噛み合わない会話をするほうが一番疲れる

リーシャ

前編本当の意味で悪役令嬢

世の中、何事も理不尽である。


今、美少女の前に立ちながら思う。


自分は悪役なのだ。


相手はヒロインっぽいけどヒロインでもなんでもないもの。


隣には誰もいない。


ヒーローである男も居ない。


例えばでもない、現実の話を語ってみよう。


この世界は、前世のマヌリカが読んでいた小説の世界。


そして、己は間違いなく前世の記憶を持つ転生者と呼ばれる一人だろう。


こんな記憶は持っていて良かったのかと、今では後悔しそうになる。


でも致し方ないのだ。


自分は、金で雇われている役者なのだから。


今世のマヌリカは、凄く凄く貧乏な家に生まれた。


それが災いしたのか、チャンスだと思ったのか、貴族の男に金で頼まれたのだ。


貴族の男の名前は知らない。


けれど、貴族の男の子どもの名前はペイン。


ペインが入れ込んでいて、ゾッコンなお嬢様の名前はアーティ。


まるで、男性のような名前を持つお嬢様を目の前にして、マヌリカはとてもとても意地悪な女になる。


「ペイン様と別れて下さる?」


「嫌ですっ」


「まぁ、生意気な子。貴方、ペイン様のお父上様に嫌われている自覚はあるのかしら」


「私は、ペインさんの事を愛しています!」


「愛だけではままならない事もあるのよ……!身の程知らずさん」


おっといけない。


少し感情的になってしまう。


家が貧乏だから、こういう綺麗事を言う女にイラッとした。


世の中は甘くない。


ままならない。


マヌリカは苛々とする中でアーティが睨んでくる。


「貴女が別れなければ、ペイン様は地位も何もかもを失うのよ?」


「彼は、それでも構わないと言ってくれた!」


内心、恋は盲目の少女に苦笑する。


構わないのなら、家族の父親も納得させとけよと言いたい。


無断で婚約をしている身なのに、浮気心を抱き、今も家族間で冷戦をしている子息に悪態を吐く。


どっちかを決めないから今此処に雇われて立っている。


しっかり話し合っておけば、金で雇われる事もなければ、彼女が事故で命を落とされる未来も無くなるはず。


ペインという頭が悪いお子さまには、大人の駆け引きが見えていないようだ。


このままだと相手、目の前の子が貶められるのは時間の問題だろう。


でないと、死ぬかも知れない。


何故それが想像できないのかな。


私は色んな意味で父親に逆らえない。


「別れなさい。これはね、忠告なの」


それに、その父親は貧乏人をこうやって捕まえて金で雇って、私にこんなことを言わせる。


かなりタチが悪い。


「別れませんっ。私達は真実の愛で結ばれているんです」


「いませんわ。これっぽっちもね?でないと、私みたいなものは貴方達の前に現れないのよ、お馬鹿さん。真実の愛の免罪符にもならない」


「ペ、ペイン様はお父上を説得すると、必ず認めさせると」


「お父上は賢い御仁よ。その方が、貴方達は結ばれる事はないと断言しているの。諦めないと、貴方の家などが巻き込まれるのよ。良い加減になさい。あなただけの問題ではないの。母や父に、迷惑をかけると何故分からないの?貴方は頭が悪いのではなくて?」


マヌリカは、ペインとやらを良く知らないが、無知な人に無責任な事を吹き込んでいることは、今聞いているだけで分かる。


その男は平民になって働けるというのだろうか?


そんなわけない。


彼は、彼女にそれを口にしてから平民としての生活を体験したり、下町に行ってみたり、逃亡生活したり働いてみたりしたのか?


答えはしてない。


否に否。


なーんにもしてない。


ただただ、貴族子息として悠々と毎日を過ごして、好きになっただけの女を、無駄な美声と無駄な美形を憂いにさせているだけ。


彼らは夢の中で暮らしている。


マヌリカには分かる。


ただでさえ、ここは己にとっては漫画や本、アニメに該当する世界というのに、さらに登場人物がお花を頭に咲かせているとなれば頭がズキズキしてきそう。


言い聞かせるように教える。


「いいこと?あなたのお家はペイン様よりも格下。つまりは、ペイン様のお父上の意識一つで、あなたの家門が没落の危険を孕んでいるのよ」


「で、でもっ。ペイン様は」


「ペイン様は、お父上よりも地位が上かしら?下かしら?」


アーティは黙って、少しして、いずれは上になると……か細く答える。


そこは理解してくれているコトに、安心した。


いずれということは、今ではない。


かといって、数ヶ月後というわけでもなく、年単位。


逆らえない相手なのだ。


それに、父君は権力者。


直接手を出していないのは、単にまだその段階ではないから。


先ず小手調べとして、マヌリカが雇われた。


それを何故、貴族の教育を受けているはずの二人が全く理解しておらず。


説明された己が、この中で最も意味を把握しているのか、呆れ果てた。


辟易しつつ、演技と役は金額通りのものをしなければ、クレームなどは御法度。


なんとか別れさせていくか、現実を見させる方に誘導していかねば。


どうしても、若いものの恋愛を途切れさせるなど高難易度など、難しいとははじめから説明している。


「お分かりになりまして?」


「で、でも、ペイン様!なんとかおっしゃって」


縋るように彼の手首を掴む彼女。


「まぁ、なんてはしたないの?男の方に寄りかかるだなんて。ペイン様のお父様が嫌がるのも当然ねぇ?身持ちが悪いったらないわ」


嫌味をぶつけていけば、ようやく恋人の女が顔を赤くする。


それはどちらの顔なのだろう。


「アーティ様。あなた様は貴族の跡取りなのです。その身は領地の者達の血税で育てられたのですよ。そのことをぜひ、直ぐにでも思い出して下さいな」


男は苦心している、苦しげな顔つきで顔を半分覆って、今にも泣きそうだった。


それを見て、頃合いですわ、と思いながら彼らの前から去る。


こうやって、チクチクと名言っぽいことを言って、去るのを最近繰り返しているのが今の仕事だ。

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