第2話 急な依頼!?

 この世界にやってきて、数ヶ月が早くも経過した。思えばいろいろなことを経験したものだ。机に頬杖をついて空想に耽る。


 イルディに頼んで、この世界に連れて来てもらった。冒険者ギルドでは、ルーエンと出会った。その後、魔法使いのフィオラと知り合って、ヘルナの病気を治したり、暗躍している教団に連れ去られたルーエンを助けたこともある。


 そのほかにも、冒険者ギルドに所属していろいろな依頼を受けた。ギルドマスターのジェイドや受付嬢のリーナが優れた冒険者であることも知った。


 いろいろなことをこの数ヶ月で知ったが、まだまだ知らないことは多い。この世界の歴史を俺は全く知らなかった。


 イルディからは、この世界のことに関する書籍をもらっているが、アルハイルブルグ周辺の情報だけで、細かな歴史的背景などは記載されていなかった。


 『ゲベリオン教団』という教団の構成員であるヒュリテという男が言っていた。『古代魔法』やこの世界を大昔救った勇者のことなどを調べようと思い、俺は街の図書館へとやってきた。


 図書館は街の北側にある役所などの施設がある区画に鎮座している。ヘルナのお屋敷の数倍の広さはあり、二階建ての建物の全てを本棚で埋め尽くしていると言っても過言ではないほどの本で埋め尽くされている。


 フィオラの店の店番を務めることも楽しいことではあったが、静かに平穏を噛み締めることや気の知れた友達数人と一緒にいる方が俺の性にはあっているのかもしれない。


 頬杖をつきながら、本棚から持ち出したこの世界の歴史の本を繰る。


 本によると、千年前にはゲベリオンなどの魔族が攻め込んでくるような世の中だった。これは、俺が今までいた世界と同じような状況だ。


 だが、イルディに認められた『雷鳴の貴公子』と呼ばれた勇者が魔物や魔王を倒したことで、この世界は平和になったのだという。


 ゲベリオンは千年前に勇者によって倒されたと本人が言っていた。その残滓である『目玉』がヒュリテを使って復活しようと目論んでいた。


 今回、俺は跡形もなくゲベリオンを消滅させた。もう、蘇ろうなどとすることはないだろう。


 千年前の勇者か……。口の中で声に出さないように呟く。


 俺もこの世界に来る前に世界を救ってきた。だが、世界を救ってすぐに別の世界に転移したから、救った世界がどのようになっているのかはわからない。


 ただ、この世界のように平和な世界になっていることを望むばかりだ。


 そして、この勇者の功績は魔王を討伐しただけにあらず、魔法を人々に役に立てるものへと昇華させたようだ。それが今この世界で当たり前になっている魔法——フィオラが使っている魔道具を作り出す技術になったようだ。平和な世界だ。魔法で戦う必要もないのだろう。


 だからこそ、俺が普段使っているような雷や回復の魔法は『古代魔法』と呼ばれているようだ。古代の人たちが使えた魔法。


 今でも、王族など限られた人は使えるみたいだが、一般的ではないようだ。この辺り、俺が使えることの言及をされた場合、適当にはぐらかすしかないか。剣術と同じように、師匠にでも教えてもらったことにしよう。


 ふと顔を上げると、外からは夕陽が差し込んでいる様子が見えた。どうやら昼頃からずっと調べ物をしてすっかり日が沈んでしまったようだ。


 お腹も空いたところだ、ギルドでリーナの食事を食べたら夜はまた修行だ。よし、がんばるぞと伸びをする。本を元の場所に戻し、ポケットに手を突っ込んで図書館を出る。


 ルーエンはこのところ、Dランクの依頼もいたについてきた様子で、張り切ってギルドの依頼を受けている。一人で行くことがあり、俺としては心配する気持ちも強いが、前回の依頼から数回単身で依頼をこなしている。


 これからまたCランクの依頼を受けに行くとなれば話は変わってくるが、今は過度には心配はしていない。気持ちよく、ギルドで戻りを待つことができるぐらいには俺の気持ちは落ち着いている。


 俺はといえば、目立たないようにこなせる依頼をこなして日々を送っている。あまり目立つと、厄介なことになりかねず、せっかくの平穏な日常が崩れてしまう恐れがある。


 冒険者ギルドマスターのジェイドや受付嬢のリーナ、それから他の冒険者多数からはやや目を付けられている様子もある。


 まぁ、ゲベリオン教団や魔族であるゲベリオンを単身で討伐してしまっているのだから無理もない。 


 もしも、何かを言われた時はしっかりと断ればいい——と言って、イルディの頼みをなかなか断ることができず、三回も世界を救うことになってしまったのだが。


 人の頼みを聞くことはできるのだが、自分のことを言うことになるとなかなか気持ちを言い出せなくなってしまう。


 とはいえ、焦っている時や気持ちが昂っている時は別だ。その時は、普段言えないようなことも言える。だが、落ち着いているときはどうにも難しい。


 だが焦っている時は冷静に考えることができない。一人で今までやってきてしまって、人に迷惑をかけてしまうことにつながってしまったのだ。これは、本当に反省しないといけない。


 そんなことを考えながら歩いていると、街の中央広場にたどり着いた。夕刻ということもあり、人は少ない。そんな噴水の縁に腰をかけている見知った二人を発見した。フィオラとヘルナだ。


 まだ、仕事が終わるには早い時間だが、少し早く切り上げたのかもしれない。


 二人ともどことなく雰囲気が暗いように感じるのは、気のせいだろうか。夕刻という時間がそのように見せるのかもしれない。


 何やら深刻そうにも見えるから一瞬声をかけるのをためらったが、気になり俺は二人の元へと歩み寄った。


「こんなところで会うなんて奇遇だな。二人で何を話していたんだ?」


 声をかけると、二人して顔を上げた。俺の顔を見る表情に、フィオラはいつもの様子に感じたのだが、ヘルナはまだどことなく暗い印象を受ける。


「ちょうど良かった」と言い、フィオラは立ち上がると、俺の顔のそばまでグイッと顔を近づけてきた。「こんな時間からだけど、ウィルに頼みたいことがあるの。時間あるかしら?」


 距離が近いフィオラの行動には少し慣れつつあるが、夕日に照らされたフィオラの赤く染まった顔を見ると、いつも以上にドキッとしてしまう。


 これから頼みたいことか。この後は夕食を食べて、修行をしようと思っていただけだ。何か困りごとがあるのなら、そちらが優先だ。


 頷くと、フィオラはヘルナの方を見やっていた。ヘルナの表情が少し和らいだ気がする。具合が悪くなったのかもと思ったが、そういうことではないようだ。


「辺境の港町『ハーフドルフ』は知っているわよね。その途中にある山にある素材を採取したいから、同行してもらえないかしら」


 頼み事というのは、いつもの採取の依頼だ。採取するものの内容は俺にはわからないが、街の外には魔物がいる。魔物からの護衛することが俺の役割だ。


 元々、これから修行で外に出て体を動かそうと思っていたところだ。ちょうどいい。それにあの山には因縁がある。もう一度足を踏み入れておきたい。


「もちろんだ。すぐに準備してくる。待ち合わせは、街の門のそばでいいか?」

「うん、じゃあ一時間後に集合ってことで。ヘルナもそれでいい?」


 おや、今回はヘルナも同行するのか。ここ最近は、店が繁盛してきてなかなか一緒に街の外に行けなかったから、一緒に行けるのは嬉しい。


 だが、店はどうするんだという俺の問いにフィオラは即答した。


「疲れたから少し休業! たまには休みも必要でしょ」


 その言葉に、俺は激しく頷いた。フィオラのアトリエの店番。あれは、相当疲れたものだった。たまには息抜きをしないと、フィオラもヘルナも身体が持たないだろう。


 ただでさえ、ヘルナは元々病弱だった。リハビリとかねて、フィオラの店の手伝いをしていたがあの盛況っぷりだと疲弊してまた倒れてしまいかねない。


 ヘルナと目が合う。ヘルナは微笑んで見せたかと思うと、不意に立ち上がり俺の手を取った。


「ウィルさん、ありがとうございます! 一時間後、また街の門の前でお会いしましょう!」

「…………」


 微笑むヘルナに、固まる俺。


 この二人は、距離感というものを知らないのだろうか。これがこの世界のスタンダードなのだとしたら、俺はまだまだ勉強がなりないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る