きらめき☆センセーーション!!

海月いおり

アイドル


 私も輝きたかったんだ。

 みんな楽しそうで、嬉しそうで、地味で冴えない私にもたくさんの笑顔をくれる。

 あの子たちみたいに、私も輝いてみたい。

 いつの間にか、夢となっていた。


 小学生の時から、同い年なのにテレビの向こう側で活躍するあの子の大ファンだった。

 行ける範囲のイベントにはすべて参加をして、動画もたくさん見た。ダンスは完コピしたし、カラオケでも毎回高得点を取るほど練習を繰り返した。

 あの子みたいになりたかった。


『ねぇ、美菜みなちゃん。私もあなたみたいに、素敵なアイドルになりたいの!』

『いいね、君ならきっとなれるよ。いや、絶対になれる。その思いを忘れずに、楽しく生きてね。そうすればきっと、いつか同じ舞台で会うことができるから!』


 同い年なのに、美菜ちゃんはどれだけ大人なのだろうか。会えば会うほど美菜ちゃんに対する憧れが強まった。


 メイクも髪型も声も、あの子みたいになりたかった。

 勉強をして、真似をして、誰よりも美菜ちゃんに近づくために、日々努力をした。


 だけど、どこまで行っても私は私だった。

 悔しいけれど、私がどれだけ頑張っても、憧れの大好きな結城ゆうき美菜ちゃんには、ひとつも近づくことができなかった。


***


 桜が舞う季節、高校生となった私は、県内でも有数の進学校に通い始めた。

 高校生になっても地味で冴えない私は、初っ端からクラスでは陰の部類に入ってしまったが、新しくできた友達はみんな面白い人ばかりだった。

 ほんとうは陽の仲間入りをして、珍しい部活動である《アイドル同好会》に入部しようと企んでいた。だけどその同好会は部員不在で休部中だった。陰とか陽とか、それ以前の話だった。

「なっちゃん、お昼食べよ?」

「うん、食べよ!」

 一緒に行動をするほどに仲良くなった友達は、ポニーテールに黒縁眼鏡が印象的な田中たなか紗良さらちゃんだ。お絵描きが得意。

 他にも仲良く話す子はいたが、そこはそこで別のグループとして形を成す。私たちは私たち。あの子たちはあの子たち。それで落ち着き始めていた。

「……あ、栗栖くりすさん。良かったら一緒に食べない?」

「え?」

「良ければだから、無理強いはしないよ」

 紗良ちゃんの隣で、誰とも話さずひとりでお弁当の蓋を開けている子がいた。

 三つ編みに丸い銀縁眼鏡を掛けているその子は、栗栖瑠璃子るりこちゃんと言う。外見だけで判断するのは失礼だが、間違いなく陰の部類である。

「私、田中紗良。こっちは河合かわい菜々花ななかちゃん。一緒だと、楽しくない?」

「……」

 栗栖さんは眼鏡越しに、一瞬だけ鋭い眼光を私に向けた。睨むような冷たい目に、思わず心臓が飛び跳ねる。

 ──と、その時、

 ふと、私が大好きな結城美菜ちゃんの姿が頭をよぎった。

 何度も何度も見てきた。

 繰り返し拡大なんかもしながら、ホクロの位置すらも覚えるくらい、美菜ちゃんのことを見てきた。

 だから──、

「……え、結城美菜ちゃん?」

 その言葉が自然に漏れ出た。

 テレビで見る美菜ちゃんと栗栖さんは、雰囲気から髪型まで何もかもが違う。だけど、そのホクロの位置と力が抜けた時の目つき──それらは間違いなく美菜ちゃんのものだったからだ。

 栗栖さんは私が美菜ちゃんの名を呼ぶと、一気に表情を変えた。何かを口にしようと息を吸い込んだが、そのまま何も言わずに息だけを吐き出す。

 そして、引きつった笑顔を浮かべて言葉を継いだ。

「か、河合さんは結城美菜ちゃんが好きなの? 奇遇だね、私もだよ。えへへへ」

「え?」

「……ねぇ、ちょっと美菜ちゃんについて語ろ? ここではあれだから、ほら、空き部屋とか。ほら、ほら」

「え、待って……紗良ちゃんも」

「ごめん、田中さん! 今すこしだけ河合さんを借りるね! すぐ戻るから、戻ったら一緒にお弁当を食べて欲しいな」

 栗栖さんはそれだけを言い残して、私の腕を引っ張った。勢いよく教室を飛び出し、廊下を駆けていく。


 真新しいスリッパがキュッと音を鳴らす。覚えたばかりの校舎内を走り続け、屋上へ上がることのできる唯一の階段を上った。この先に空き部屋なんてないはず、そう思うも、栗栖さんは屋上へ向かう足を止めない。

 階段を上りきって突き当たりに着いた時、栗栖さんはポケットから小さな鍵を取り出し、閉ざされた扉の穴に差し込んだ。

 カチッと小さな音がして、本来なら開かないはずの扉が開く。

 目の前には、近づいた青空と広々としたコンクリートが現れた。

「……栗栖さん?」

「河合さん、私が屋上の鍵を持っていることは秘密にしてね」

 そう言って微笑んだ栗栖さんは、眼鏡を外して三つ編みを解いた。

 メイクをしていないスッピンの姿だが、それだけで私の疑惑は確信へと変わる。

 何度も何度も見たその姿、見間違えるはずがない。

「や、やっぱり……結城美菜ちゃん……」

「私ね、入学式の日に君の姿を見てびっくりしちゃった。数多ある高校の中で、まさか君と同じ学校で同じクラスになるなんて、まったく想像していなかったからさ」

 栗栖さんはすぐそばに備え付けられていたベンチに座り、青空を眺めた。長くて柔らかそうな髪が風になびく。遠くから聞こえる生徒たちの喧騒に耳を傾けながら、栗栖さんの姿を見つめた。

「ほんとうは、芸能人の多くが通う都内の高校に進学する予定だった。けれど私、普通に学歴も欲しかったからさ。事務所に通える範囲の距離で、進学校を探して入学したわけ。その条件として、私が『結城美菜』であることを隠す、ということでね」

 栗栖さんは目を細めて、また私を睨んだ。

 屋上の鍵は、栗栖さんが避難できるように先生たちから渡されたみたい。アイドルだから、特例で。

「……君が私の大ファンでいてくれること、それは凄く嬉しいし、これからも応援をして欲しいと思っているよ。でも、それはそれ、これはこれ」

 ベンチの横で突っ立ったままの私に手を伸ばし、栗栖さんは制服の裾を掴んだ。そして軽く引っぱり、栗栖さんの方へ引き寄せられる。

 近くで見た栗栖さんはやはり可愛かった。なんて、口にすると怒られそうなので、思いは声に出さずに飲み込んだ。

「私が結城美菜であることは認める。だけど、絶対に公言しないで。たった一言でも私にまつわる話をしたら、速攻消すから」

「……」

 推しに『消す』と言われる日が来るとは思わなかった。いいのか悪いのかはさておき、ショックというよりは気持ちが高揚する感覚がする。

 推しに消されるなら本望。我が人生に、悔いはなし。多分。

 その思いが表情に現れていたのだろうか。

 栗栖さんは私を見ながら、呆れたような表情をしていた。そして「なんで嬉しそうなの?」と言うから「推しに消されるなら本望!!」と本音を零す。すると、栗栖さんは吹き出すように笑い始めた。

「待って、やば! そんなに結城美菜のことが好き? やばすぎ!」

「……別にやばくないよ。だって私、本気で美菜ちゃんみたいになりたいし、仮に無理だとしても同じ舞台に立つという夢に挑戦したいと思っているから」

「……」

「ただ、ここで美菜ちゃんに会えるとは思っていなかった。嬉しくて一瞬だけ動揺したけれど、大丈夫。私は誰にも言わない。今目の前にいるのは、栗栖瑠璃子さんだよ」

 お腹を抱えて笑っていた栗栖さんだったが、思いのほか私が真剣だったことに驚いたのだろう。笑うのを止めて真顔になり、小さく溜息をつきながらまた青空を見つめた。

「君、どこまでもいい人だね」

「え?」

「……よし、友達になろうか」

「え!?」

「私、高校では友達を作らないつもりでいたんだ。だけど、決めた。君が私の親友になってよ!」

「ええええ!?」

 自己完結させてしまった栗栖さんは、「決まり!」と叫んでベンチから立ち上がった。空にこぶしを突き上げ、「今日から友達!」と言って、その手を私に差し出したのだ。

 私はあまりにも唐突な展開に、開いた口が塞がらない。

 憧れの美菜ちゃんと友達?

 栗栖さんが美菜ちゃんだと見抜いたのは私の方だが、誰がこんな展開になると予想しただろうか。

 実感すればするほど体が震え始める。思考が追いつかない中、栗栖さんはマイペースに話を進めていく。

「なんて呼べばいい? 河合さん……下の名前はなんだっけ?」

「な、菜々花」

「じゃあ、菜々花ちゃんでいっか。私も普通に瑠璃子でいいよ。本名は美菜だけど」

「え?」

「本名は結城美菜。栗栖瑠璃子は偽名」

「??????」

 先入観で逆だと思っていた。

 しかし、そのパターンもあるのかと驚いた。栗栖さん……瑠璃子ちゃんの場合、本名でアイドル活動を始めたから、学校などの私生活を偽名で過ごしているらしい。

「……っていうか、いつになったら握り返してくれんの?」

「え?」

「あーくーしゅ!!」

「あ、あっ」

 差し出されたままの瑠璃子ちゃんの手を握り返す。ほのかに感じる温かな小さな手に、鼓動が高鳴る。

 高校生になっただけなのに。

 なぜか私は、大好きで憧れの美菜ちゃんと『お友達』になってしまった。


***


「なっちゃん、栗栖さん、おっそーい!」

「ごめんごめん。紗良ちゃんおまたせ」

 教室に戻ると、私たちが帰ってくるのを待っていた紗良ちゃんが飛んできた。どうやら自分もお弁当を食べずに待っていたらしい。

 三つ編みに眼鏡姿へと戻った瑠璃子ちゃんは、真顔で自身の机からお弁当を取り、椅子を引き寄せて私の隣に座った。

 3人でひとつの机に向き合う。紗良ちゃんはどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

「推しの話ならここですれば良かったのに」

「あんまり大っぴらにしたくなくて、ねー」

 ねー、と言いながらウインクをする瑠璃子ちゃんが可愛かった。私は首が取れそうなほど頷き「隠して生きていきたい!」などと意味不明な言葉を発する。紗良ちゃんは首を傾げながら「ふーん、変わってるね」と微笑み、おかずを口に運んでいた。


 憧れの美菜ちゃんと友達になり非常に驚いた私だったが、時間を重ねるごとに、美菜ちゃんというよりは瑠璃子ちゃんと友達になったと思うようになってきた。

 私の知っている美菜ちゃんは、明るくて元気で、キラキラな女の子だ。だけど瑠璃子ちゃんは、すこし違った。さらに同じ瑠璃子ちゃんでも、みんなの前と私とふたりきりでは、また様子が違った。


 教室にいる時の瑠璃子ちゃんは大人しかった。

 私とふたりきりの時の瑠璃子ちゃんは、かなりツンデレだった。


「——はーい。ワン、エン、ツー、エン!」

 部活には所属しない瑠璃子ちゃんに付き添って、私も部活に所属しなかった。

「スリー、エン、フォー、エン!」

 放課後は屋上に行くという瑠璃子ちゃんに連れられて、私も屋上に上がる。そこでなぜか、こっそりとダンスの練習を行っていた。

 瑠璃子ちゃんではなく、私が。

「菜々花ちゃーん。今のところ、足が絡まっているよー。適当に流さなーい」

「うぅ……」

「でもまぁ、最初よりはいいんじゃない? 別に褒めていないけれど」

 どうしてこうなったのか。

 その理由はすこしだけ遡る。

 瑠璃子ちゃんと他愛のない会話をする中で、私が結城美菜ちゃんの楽曲すべてを覚えて、踊りも完コピできるということを話した。

 今思えば本人に向かって『完コピできる』などとほざくなんて、心臓に毛でも生えているのかと思うが、結果としては言ってしまったのだ。

『なら、踊ってみせてよ』

 瑠璃子ちゃんの好奇心に乗せられて、私はいちばん好きな楽曲である〈ダンシング・スター〉をスマホで流した。そしてそれに合わせて、完コピしたダンスを踊った。

 よくできた。率直にそう思った。

 けれど瑠璃子ちゃんの表情は、そうでもなさそうだった。

『確かに振付は完璧ね。でも、ダンスの基礎がなっていない。ステップとか手を抜いている感じも伝わるし』

『うぅ……』

『でも、愛は伝わる。好きなのはよく分かったよ。だから……私が直々に指導をしてあげよう』

『え!?』

『べ、別に菜々花ちゃんのためじゃないから。ただ、結城美菜として……嬉しくて。って、別に嬉しくないし!! いいの、つべこべ言わずに黙って私の指導を受けなさいよ!!』

『私は何も言っていないけれど!?』

 理不尽にキレ始めた瑠璃子ちゃんは、私の肩を強く叩いて『うるさい!!』と叫ぶ。その様子が面白くて、つい吹き出すように笑ってしまった。

 テレビで見ていた美菜ちゃんは作られた姿で、瑠璃子ちゃんがほんとうの姿なのだろう。

 ツンデレで可愛くて、不器用で、可愛くて、優しくて、可愛い。おっと、可愛いが溢れて止まらない。

 そんなこんなで、あの日から瑠璃子ちゃんは毎日、放課後の屋上で私にダンスの指導をしてくれているのだった。

「菜々花ちゃんは、アイドルになるためのオーディオとか受けたりしたことあるの?」

「んー……」

 休憩の合間、瑠璃子ちゃんはなんの前触れもなく、素朴な疑問をぶつけてきた。『美菜ちゃんみたいになりたい』『同じ舞台に立ちたい』思いを口にすることは簡単だ。だけど実際は、何もできていなかった。

 オーディションなんて、受けたことがなかった。

「私の親、やたらと勉強熱心でね。進学校に進んでいい大学に入って、大手企業に就職をする。それが親の描いた将来像なの」

「……典型的なやつ」

「でしょ。1回だけね、新規グループの設立に際したオーディションが開催されるってなった時、応募したいって親に話したの。だけど、即却下。勉強しろって殴られてね。それから言えていないの」

 不幸なことに、親はひどく厳しい人だった。

 実は結城美菜ちゃんを推すことも、いいように思っていない。けれど、美菜ちゃんを推すことを許してもらう代わりに、テストでいい点を取る。そういう約束をして、目を瞑ってもらっているのだった。

「この学校さ、進学校には珍しくアイドル同好会があるでしょ? ほんとうは入学してすぐに陽の仲間入りをして、その同好会に入ろうと思っていた。けれどアイドル同好会って、部員がいないから休部しているらしくてね。ひとりでは復活もできないみたいでさ。神様はどうしても、私をアイドルにさせたくないんだなって」

 瑠璃子ちゃんは真剣な眼差しで、私の話を聞いてくれていた。そしてしばらく何かを考えたのち、静かに口を開く。

「ふぅん、なら……アイドルする?」

「え?」

「河合菜々花と〝栗栖瑠璃子〟で、アイドルをしてみてもいいんじゃない?」

「え、ええええええ!?」

 ぶっ飛んだ提案に眩暈がした。

 ニヤリと微笑んでいる瑠璃子ちゃんは、「アイドル同好会で結城美菜のコピーでもすれば?」なんてことを言うのだ。

「それはやばくない!?」

「へへっ、まぁコピーは冗談だけど。今もやってること変わんないし、いいんじゃない?」

「ええええ!!」

「アイドルユニット『きらめき☆センセーション』だね」

「ええええダサいって!!」

「ダサくないわ!!」

 瑠璃子ちゃんの提案は冗談だと思っていたが、どうやら本気だったみたい。

 ほんとうにアイドル同好会への入部届を提出しちゃって、私も流れで入部届を出すことになった。


 本物のアイドルと、アイドルごっこだなんて!!

 そんな未来、誰が予想できるか!!




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